月夜のメティエ

「やーでも、まさか再会するとはな~」

「こっちの台詞よ。いきなり転校しちゃうんだもの」

 ともすれば前のめりになってしまう自分の気持ちを抑えつつ、何気ない感じで振る舞わないといけない。なんで黙って行ったのかとか、そんなのは言われても困るだろうから。

「ごめん。ずっと気にはなってた。黙って来ちゃったしなーって」

 ああ、少し報われる気がする。ちょっとでも気にしていてくれたなら。社交辞令であっても。

「子供の頃の話だもんね。自分じゃどうにもできないっていうかさー。行きたくないのに転校とか」

 なんか、そういう風にでも言ってないと、ずっと奏真を思ってた気持ちが無駄になりそうで怖かった。焼き鳥の匂いが食欲をそそるけれど、胸がいっぱいだ。奏真とこうしてお酒を飲むなんて、ね。

「離婚されたんだもんね、ご両親」
「おう」

 出てきたハイボールをひとくち飲んで、奏真が返事をする。さっきは並んで座ったけど、いまは向かい合って。なんだか変な感じがする。

「母親に付いて行ったんだけどさ。まぁ……なんだ、思春期に色々経験させて貰いました。おかげでこうして仕事して、大人になりましたって感じかな」

 両親の離婚で転校を余儀なくされた。奏真の優しい笑顔とピアノ演奏は、そういうところからも来てるんだろうな。

「母さん、苦労したからなー」

 遠い目をして言う奏真。その目も優しい。

「結婚するし、お母さんも安心だろうね」

「ああ……そうだな」

 さっきまでピアノを弾いていた指がグラスを奥。トン、という音。
 焼き鳥屋のざわざわした音、酔っぱらいの笑い声。アルコールが入った心は浮ついて、つい「中学の時、好きだったんだよね」とか言いだしてしまいそうだ。
 言ったって、仕方がないでしょ。

「年明けくらいに入籍するかな?」

「ああ……まぁ予定だから、そうかもしれない」

 まだ時期的にはっきり決まってないのかな。あたしの友達でもそういう人が居たし、そしていきなり「ご報告」っていうタイトルの「入籍しました(はあと)」みたいな連絡が来るんだよね。

「結婚……するんだねぇ」

 ひとりごとみたいにそれだけ口から出てしまった。なんて言って良いのか分からないし、不用意に言葉を発したら変なことを言ってしまいそうだった。お酒って怖い。

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