月夜のメティエ
◆ウナコルダ

◆ウナコルダ

「相田さん、資料、今日の午後からでも送っといて」

 遠坂部長の声がフロアに響く。返事をして、メールの送信済みボックスを開く。前回送ったものを引用して添付するのだ。パソコンにはメモったふせんが3枚。今週中の忘れてはいけない事案。見積と請求書の作成、送付……。メモ魔は忘れやすいって言うよね。メモったことで安心して忘れてしまうらしい。あたしはメモらなくても頭に入れていられるほど脳の構造が複雑ではないけど、なんでもメモを取るくらいメモ魔でもない。手帳だって、買って全ての予定を書き込むわけじゃないし。素敵な手帳を買って、買ったという事実で満足しちゃうタイプだ。

「っと……遠坂部長、専務からメールが来ています」

「なんだ」

「ええと……」

 プリントアウトして持って行こう。遠坂部長があまりパソコンを開かないから、あたしに送られてくることが多々ある。少し迷惑です。

 先日、奏真と会ってから2週間近く経つ。月末だったから、その仕事に追われて、感情に浸る暇も無かった。残業で遅くなって、帰ってビール飲んで寝るだけ。疲れて泥のように。そんな数日だった。おっさんか。

 奏真は何をしているだろうか。ふと頭が静かになると、そんなことを考えていた。


「相田さーん、あたし今朝パン屋に寄ってきたから、お昼食べない? いっぱい買ったの~」

 カズヨ先輩が話しかけてきた。今日も素敵です先輩。先日美容室に行ってきたらしく、カラーを変えたんだとかなんとか言っていた。

「良いんですか? わー先輩のおごり!」

「え、おごりなんですか、良いなー」

 脇から入ってきたのは新人くんだ。

「あっはは、良いよ。たくさんあるから」

「ありがたいっす!」

 嬉しそうに頭を下げる新人くんだった。今日は平和だ。


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