月夜のメティエ
「僕、彼女居るんですけど」
新人くんがパンにかじり付きながら言う。いきなり言うね。
みんなでカズヨ先輩が買ってきてくれたパンを食べてる。お昼休みだ。4個は食べてるはずだけど。細い方なのにけっこう食べるのね。
「米田くんとこ、交際何年?」
カズヨ先輩が聞いて、そしてあたしに「どれでも好きなのどうぞ」と紙袋を指した。
「4年です」
「うちもそのくらいで結婚したよ」
ほんわりとした光が入る休憩室。新人くん、といつも言ってしまうけど、彼には「米田」というれっきとした名前がある。米田くん、よね、よねっち。みんなそんな風に呼んでる。
「そうなんですよね~でもまだ23だし、そういう気にならないっていうか」
「彼女は?」
あたしはカズヨ先輩と米田くんのやり取りを聞いている。パン美味しい。取ったのはクロワッサン。ボロボロになりすぎず、中はしっとり柔らかくて、少し小さめだから別な種類のも食べよう。
「その彼女がですね、同級生なんすけど、結婚をせっつく様になっちゃって……早くしたいって」
「なんかさ、今って早いか遅いかだよね。あたしは遅めだと思うけど」
30過ぎてから結婚したカズヨ先輩。「うち遅かったから」とよく言うけど、まぁ人それぞれだし。今30過ぎで結婚してる人なんてたくさん居る。あたしだって26だけど彼氏なしもちろん結婚の予定なし。しいて言うなら片想いのようなものを、しかも未来の望めない空回りをしているだけだ。
「米田くんが結婚をしなさそうな雰囲気を醸し出してるからじゃないの」
ねー、とカズヨ先輩があたしに同意を求めた。なにそのキラーパス。
「4年つき合ってて、結婚の話にならないから心配なんだよきっと。23歳でまだ若いかもしれないけどさ」
ようやくパンを食べるのを終えた米田くん。お腹いっぱいになったのだろうか。