月夜のメティエ
入浴剤は、ドラッグストアの試供品で貰った。どこかの温泉を再現したやつ。
白濁したお湯は、冷え切った体を温めてくれる。深呼吸すれば、良い香りが入ってくる。バスダブにたっぷりと張ったお湯に体をお預けて、泣いて腫れた顔にお湯を当てる。さっき、乾かすのが面倒だなと思いながら、長くしている髪を洗った。
奏真のきつい抱擁が、腕に胸に、心に残っている。アルコールの残る唇の感触も。
「忘れようと思っていたのに」
あの言葉が耳から離れない。
遅い時間の演奏もあるから、まだ店に居なくちゃいけない。そう言うとあたしを解放してくれた。気をつけて帰って。また連絡するから。彼はあたしの目を見ないでそう言った。
あたしは、あたし達は、これからどうしていけば良いのだろう。正しい道を、誰か示して欲しかった。何の答えも出ていない。
バスルームから出て、ベッドに行く。部屋に帰ってきてすぐにエアコンを点けたから、だいぶ暖まってきた。
バッグにスマホを入れっぱなしだった。奏真から連絡が来ているとは思わないけれど……そう考えながら、画面を見る。着信1件。それはマーコだった。