月夜のメティエ
「奏真くん、結婚する予定なんだって。で、相手妊娠してるらしくて……」

「へぇ。ていうか、なんでそんなこと知ってんの?」

 おめでたいじゃん、そうマーコは言う。

「うん、ちょっとあれから何回か、会ったりしてて」

「ええ? どういうこと?」

 マーコにどこから話せば良いんだろう。誰にでも話して良いことじゃないから。
 あたしは、なるべく筋道立てて分かるように説明した。理解してくれてただろうか。奏真のこと、もちろん美帆ちゃんのことも。あたしの気持ちと。


「……そんなことになってたの。中2からかぁ。ずっと?」

「いままで、彼氏が居たこともあったよ。でも、再会したらなんか……会えると思ってなかったから」

 再会するまでは、あたしの片想いだったんだけど。再会してから展開が早すぎて……。

「でも、奏真くんもなんか、忘れようと思ってた……とか」

「そう……でも彼、結婚する予定だし」

「美帆ちゃんってのがまたびっくりだけど」

 ふうん……と、ため息とも取れるような返事をマーコはする。

「ねぇ朱理。あたしさ、結婚して子供も居る身としてしか言えないけど」
「うん」

 知らない人が見れば、あたしのことは、結婚が決まってる男を好きになって悲劇のヒロイン気取りでそれに酔う女にしか見えないかもしれない。

「あたし、旦那と子供と守るためならね、この家族っていう城を守るためならなんでもするよ。死んでも守る」

「うん……」

 あたしの知ってるマーコは、10代で止まってる。結婚して子供を産んで育ててるんだよね。旦那さんと家庭を作って、妻も母もやってる。

「死んでも、とか言うと軽く感じるかもしれない。でも、本当にそう思う。旦那のこと誰にも渡したくないし、子供も自分の命より大事なの」

 その言葉の重さ。あたしにはまだ無い強さだった。

「朱理と奏真くんは、幸せになってくれればとは思う。でも、妊娠してる美帆ちゃんのことを思うとね……」

「そうだね……」

 惹かれていても、惹かれ合っていても、ひとつになれないことがある。好きなだけじゃどうにもならないんだ。

「難しいね」
「そうね」

 テストの問題が難しいね、って教室で話すよりも重い「難しいね」だ。当たり前だけど。あの頃といまとは違う。便器に向かって泣いていても、何も変わらないんだ。



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