月夜のメティエ
なんだか話し辛くなって、言葉少なに会話をしていると「ああ、子供おしっこって起きてきちゃった」と言うので、電話を切った。
眠れない夜を過ごした。窓のカーテンは開けたまま。今夜も月は出ていなくて、余計にあのふんわりとした明るさの月夜が思い出される。
奏真のそばに居たい。奏真のピアノに包まれていたい。そればかりを思う。そして結局行き着く先は、なんで再び出会ってしまったのだろうと、答えの無い問いだった。
それから数日、ずっと会社に行くのも億劫で、いっそ風邪で熱でも出て休んでしまいたかった。遠坂部長に文句タラタラ言われるのを覚悟の上で。風邪ひいてないけど。丈夫なんだな。
そうそう休んだりできませんけど。
「あーっ疲れた!」
夕方。会社のトイレで伸びをした。月末だから締めで忙しく、朝からバタバタだ。遠坂部長もうるさい。いつものことだけど。
手を洗ってトイレから出ようと思った時、制服のポケットに入れているスマホが振動した。メールか何かだと思って見たら、知らない番号からの着信。
「……? 誰?」
誰か番号変えたのかな。友達を数人思い浮かべながら、電話に出た。
「もしもしー」
そうそう長電話もできないし、用件聞いてあと戻ろう。
「あ、あの。朱理、ちゃん?」
「え、は……はい」
いきなり名前を呼ばれ、おどおどしてしまった。聞き覚えのある声。これは。
「あの、あたし美帆です」
「美帆ちゃん?」
ミホって言ったら美帆で、知ってる美帆ちゃんだろう。まさかの、美帆ちゃんからの電話。脇汗を大量にかく。