月夜のメティエ
「ごめんね。マーコちゃんに連絡先聞いたの。朱理ちゃんの連絡先知らなかったから」

 同窓会の時、あたしは奏真としか連絡先を交換しなかった。逃げ出す為にさっさと帰って来ちゃったからだけど。

「あの……いまちょっと良い?」

「あ、うん。仕事抜けてたから」

「ごめんね」

 なんだろう。といっても思い浮かぶのは奏真のことしか無いんだけど。もう、心臓が掴まれたような感じで、生きた心地がしない。

「今晩、明日でも良いんだけど、時間あったら会いたいんだけど」

 淀みなくそう言われて、これは本当に奏真のことだなと思った。美帆ちゃん、なにを知ってる……?

「……分かった。待ち合わせ、美帆ちゃんが行きやすいところでいいよ」

 彼女は妊娠してる。あまり無理はさせられない。希望の場所まであたしが行けば良いだけのことだ。

 仕事を定時で帰ることに決め、今夜会うことになった。本来は実家に居るけど、こっちの方に出てきているらしい。なぜか。それはきっと奏真のところに居るからだろう。そんなことぐらい容易に想像がつく。


 仕事に戻り、あたしはそれから終わりまで、今日の分の業務を終わらせることだけに集中した。正確に言うと、集中することに集中したというか。だって、どうしたってこれから美帆ちゃんに会って何を言われるのかと、そればかり考えてしまうから。

 怒られ罵られ、泣かれるかもしれない。謝るしかない。そして、始まりもしていないあたし達は終わるしかない。

 目を閉じて深呼吸した。それしか、方法が無いんだ。




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