月夜のメティエ
 今日も外は良い天気。夜に雨が降る、なんていうことはあるけれど、朝からずっと雨が降っていることはここのところ無いかもしれない。全てをじっとり濡らす雨は嫌いだ。

「いっつも外見てるけど、なに見てんの? なんか見えんの?」

 奏真がそばに来た。イチオンの窓からは校庭が見える。部活動があったりするのを見ているんだけど。というか、校庭では部活しかしていないんだけど。3階のここからは、まわりに高いビルがあるわけじゃないから、少し向こうにある橋くらいまで見える。

「こっから橋見えんじゃん。知らなかった」

「あそこのコンビニとか、廊下からだと裏山の神社も見えるよ」

「へぇ……」

 奏真はここでピアノしか弾いてないんだろうな。そして、あたしは窓の外ばかり見てる。

「俺、あんまり青空って好きじゃないっていうかさ。なんか辛くならない?」

 窓枠は薄汚れていて、イチオンのイメージを崩さない。全体的に埃っぽくて薄汚れている。うっかり触ると手が汚れてしまう。

「高くて青い空ってさ、なんか絶対じゃん。こーして見てて、手を伸ばしても届かないし、自分がちっぽけに感じない?」

 ……あたしと、同じこと考えてる。そのことにすごく驚いて、同時に愛おしくなった。奏真が抱えているものは分からないけれど、なんだか懐かしさすら感じてしまって。

「自分が小さく感じて……胸が痛くなる。だから、月夜の方が好きだ」

 斜め上の空を見ながら、奏真はそう言った。

「あたしも……そう思う」

 あまりにぴったりと合っていたから、なんて言って良いのか分からない。そう思うとしか言えなかった。相変わらず、空は青くて、そして高い。


「あと1曲だけ弾いて帰ろうかな」

 ここに来れば、窓から見える景色と奏真のピアノ。それだけが極上で最上。いつもはつまらない校舎からの景色も、色を変えるんだ。
 奏真はピアノへ戻り、楽譜をめくる。

「相田のリクエストは?」

「んー……じゃあ、あの明るいアラベスク」

「ドビュッシーのヤツな」

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