月夜のメティエ
「先生ですか? この学校の」

 長居はするつもりなかったけど、そう聞いてみた。

「そうです。サッカー好きなんで、ここで見てました」

 てへへ、っていう感じで愛嬌のある笑顔だ。50代くらいかなぁ。剥げていない白髪のまばらな頭で、優しそうな方だ。

「あたし、この学校の卒業生なんです」

「あら、そうですか。偶然だなぁ」

 もっともっと笑顔になった。こっちまで嬉しくなっちゃう

「さっきねぇ、教え子が来てね」

「そうなんですか」

 それは先生もびっくりだ。2人連続でこの学校の卒業生が来たなんて。

「10年以上も前の生徒だけど、覚えていたから」

「10年……あたしもそのくらいですけど」

 あたしこの先生……覚えてないけど。居たっけ。

「女性に歳を聞いちゃ失礼だけど、きみはいくつだい?」

「26です」

「さっきの子も26になったって言ってたぞ。同級生じゃないのか?」

 同級生? 誰だろう。こっちに住んでる人だろうな、たぶん。

「2年で転校したって言ってたけど」

 転校……? 2年で。まさか。

「あの、その人って」

「林くんて知らないかね。奏真くん。懐かしいなぁピアノが得意な子でなぁ」

 ……やっぱり。

「そ、その人は……」

「音楽室を見たいって言うから、学校に居るよ。きみも行ってくる? 知り合いかね」

「あの、はい。いえ、あの入って良いんですか?」

 不法侵入とかになると困るから。ニュースに出ちゃうよ。困るから! いやそんな場合じゃない。


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