月夜のメティエ

 外れた戸を抱えて、なんだか変な格好をしている奏真。あたしは振り向いて、駆け寄った。あの時もこうやって2人で戸を直して……重かった。そうだ、この引き戸は重いんだ。
 またそうやって、どうしようも無いことを言う。俺のこと好きなら。そんな風に言わないでよ。

「直しても、行くなよ」

「……」

「俺のこと好きで手伝ったんだろ。俺も相田が好きだから、だから」

 そこまで一気に言われた。な……何を。相田を好き、だから……?

「だから、行くなよ」

 好きだから。好きなんだろって……。そんなこと言うの、やめてよ。ずるいじゃない。

「やめてよ」
「なんだよ」

 外れた引き戸は直った音楽室なんだから、ここも防音の扉とかにすればいいのに。同窓会でも、音楽教室でも、美帆ちゃんと会った時も、こんな気持ちだった。逃げたい、ここから……。前が見えなくて希望も無い状況から、逃げてしまいたい……。

「だって結婚するんでしょ? 美帆ちゃんと」

「……しないよ」

「だって、妊娠して……!」

 また、奏真と目が合った。悲しそうな顔をしている。
 あたしが逃げてるから、空回りでみんなに迷惑をかけてる。余計なことをして、最低なんだ。だから、早くあたしを突き放して。

「しないなんて、そんな簡単に……」

「簡単じゃない」

 揚げ足ばかり取られてる気がする。怒ってるのかもしれない。呆れてるとか、見損なったとか。どっちにしろ、もう。

「俺は、相田が好きなんだよ」


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