月夜のメティエ
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「なにから話そうか……」
エアコンの音。それを縫うように出される奏真の声。まだ暖められていない部屋は、誰も居なかったことを嘆いているようだった。
ここは、奏真の部屋。
イチオンで衝撃的な言葉を聞いて、奏真が「俺んち行こう。話すから」と言ってきたから。田舎町に、ちょっと話せるようなファミレスでもあれば良かった。
奏真は学校に車で来ていた。出てすぐに、奏真の車に乗った。
途中、あたしの家に寄ってもらうことにした。荷物を置いてこのまま帰るわけにはいかない。家の前だと何かと面倒だったから、ちょっと離れたところに停まってもらって。
「ちょっとごめんお母さん。急用できて、いまから帰るわ」
「え、ちょっと、そうなの? 仕事?」
「うんそう。ごめん。買い物してないんだ」
「まぁ別に良いけど……駅まで送ろうか?」
「大丈夫。タクシーだから」
「あらまぁ……気をつけてね」
そんな言葉を交わして、速攻で荷物をまとめ、玄関から出た。停車している奏真の車に急いで乗り、町を出た。
車中ではひと言も言葉を交わさず、奏真の運転に身を任せていた。あまり渋滞もしていない。ラジオも音楽も無い。通り過ぎる景色。暗くなってくる時間だ。
1時間くらい走っただろうか。ちっとも長く感じなくて「着いたよ」という奏真の声が合図だった。
なにから話そうと言う奏真の言葉が、疲れ切った感じで、あたしの知らないところで何かがあったのだろうということは、想像できる。「父親は俺じゃない」と言った奏真の苦しそうな顔。