レンタル彼氏【完全版】
俺は一切手をつけていなかった壱万円札を握り締めて階段を駆け降りた。


俺が駆け降りる音に気付いた二人が、俺を見つめる。
あの男の手には、母親が毎日必死に働いて貯めたお金があった。

「金なら、ある」

俺は男の手からお札を取り上げると、自分の握り締めていた万札をその手にばらばらと落とした。


価値、が違う。
俺の汚くて、醜いお金とこのお金は重さも、大切さも。

何もかもが違う。


お前にこのお金を使う資格なんてない。
無論…、この俺にも。


「…伊織、そのお金…」

いきなりの大金を差し出す俺に母親は目を見張る。


目の前の男はいつもより多いその金額に満足したのか、上機嫌で店を後にした。


「…………これ」

あいつから取り返したお金を母親に渡す。

だけど、母親は手を伸ばそうとしない。


「………あの、お金…何………?」


バレたくなかった。
バレたく…なかった。


出来ることなら、一生。
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