レンタル彼氏【完全版】
伊織は眉をくっとしかめる。


「あんなモノ、やりたいなんて思ってなかった」


これは、伊織の闇。


「でも、やらなければいけなかったんだ。
生きていけなかったから」


これが、伊織の孤独。



「結果、自分を苦しめるだけだった…」


「…うん」


泣きそうになるのを堪えながら私は頷く。

伊織は私の体に腕を回すと、ゆっくりと抱きしめた。


「人の温もりって、あったけえ」


「………」


「泉、話聞いて?」


「…うん」


それから、伊織は仰向けになると私の手を取って絡めた。

離れるのが厭だ、と言うよりは…。
離れるのが怖いと、言うように。



「俺ね、孤児だって言ったじゃん?」


「うん」


「折角、俺を拾ってくれた小母さんをお母さんってずっと認めてなかったんだよね。

キャバクラのボーイにスカウトされたのが、中学生の時」


「中学生!?働けるの?」


「…働けたねえ。今は無理だろうね、厳しいから。
働くうちにね、店長からイロを教わるんだ」


「イロ…?」


天井を眺める伊織を見る。

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