Sweet Room~貴方との時間~【完結】
 もう修復不可能じゃないか。もう終りなんじゃないかと、諦めかかっていた時だった。自分を見つめなおすきっかけをくれたのは、あの曲者社長だった。

 『シルバー・ラボ』と契約を取るため、連日のように松下さんと足しげく社長の元へ通っていた。
 いつもは「検討します」としか言わない社長が、俺の指の怪我ことを聞いてきたのだ。
 昨日の夜、夕飯を作っている時、誤って切ってしまったものだった。

「料理は雑念を払うことができる。私はそう考えています。料理でも雑念を払えないということは、杉山さんにとってとても重要なことを考えていたのでしょうね」と曲者社長が俺の目を見ながら言った。

「あ、はい。大切な人と喧嘩をしてしまって。不思議なことに料理をしているときと1人でご飯を食べているときに、その人のことを考えてしまうのです。それで実感しました。料理は誰かのために作るものなんだって。料理を食べて美味しいと喜んでもらいたいから、すこしでも料理が上手くなりたいって人は思うんですよね。自分のために作る時は、健康で長生きするためですよね。今の僕は大切な人のために作っている料理を自分が食べているんです。だから美味しいと思えないんです」
 口から自然と出てくる言葉に気づかされる。俺は、ずっと奈央美、一緒にご飯を食べていたんだ。

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