彼方は、先生だけど旦那様。
「はあ…はあ…。
結構走ったな…。」
私は薫先生を借りるべく走り続けています。
ただでさえ広い園内。
頼りになるのは園内マップのみ。
園内マップがあるとはいえ、
薫先生がどこにいるのかはわからず…。
最初は職員室に行き、その次はD組、
庭、ホール、ありとあらゆる校舎を
探しましたが一向に薫先生は
見つかりません。
うーん…。
薫先生っていつもどこにいるんでしょうか。
というか、借りられる側の人達も
隠れているんでしょうか…。
そうだとしたらこの広い園内から
特定の人を探し出すって不可能に近いんじゃ…。泣
ほとんど諦めかけていた私は、
廊下を歩いている時に見かけた部屋の
名前を見てピン!ときました。
『数学準備室』
「…そうだ!
薫先生は確か数学担当。
もしかしたらここにいるかも…よし!」
ドキドキしながらドアをゆっくり
開けます。
ガラガラ…
数学準備室の中に入り、
奥の方へ進むと窓際にあるソファに
座った薫先生がいました。
ドクン…
や、やった!
薫先生いた!
薫先生は耳にイヤホンをして
音楽を聴きながら本を読んでいるようです。
私には気づいてないみたい。
そんな薫先生に近づいて…。
「か、薫先生!」
思い切って声をかけました。
そうすると薫先生は、読んでいた本を閉じイヤホンを外し、私の方にゆっくり顔を向けました。
その時目が少しだけ合い、
私はすぐに顔を下に向けてしまいました。
「…僕のネクタイ、借りにきた?」
「は、はいっ。」
柔らかい声の薫先生。
けど、私は顔をあげられなくて
薫先生の本当の表情が見えません。
「顔、あげてよ。」
そう言いながらソファから立ち上がり
私の前に立ちました。
薫先生に言われた通り、
顔をゆっくりあげるとそこには
あの、家で見せてくれたのと同じ
本当の微笑みを浮かべた薫先生の顔が。
ドクンドクン…
カーテンから漏れた太陽の光が
暖かく体を包みます。
「あ、あのっ。
薫…先生のネクタイ、借りてもいいですか?」
そう言ったのに返ってきたのは
別の言葉で。
「ふはっ。
恋々から先生って呼ばれるの
なんか恥ずかしい。」
ドクンドクンドクン…
「そ、そうですか?
でも薫様は一応私の担任の先生ですからねっ。」
だから先生と呼ぶのは仕方のないことなのだと言うと
「…でも僕は恋々の旦那でもあるから…
その事、忘れないでね?」
…だなんて。
ああもう………。
私、完全に薫様を愛してしまっているみたいです。
こうやって二人きりの時だけに
本当の姿を見せてくれる薫様のことを
愛おしく思っている自分がいて。
あんなに好きではない相手と結婚しなければならない事に悩んでいたのに。
今は……
早く薫様と結婚したいだなんて。
「ふふっ。
はい、わかってますよ。」
そう笑顔で返すと、
さっきよりも笑みを深くした薫様。
「…だめだな。僕は。
ここは学校なのに…家と区別しなきゃいけないのに…。
つい恋々を見ると甘えたくなっちゃう…。」
私の頭をポンポンしながら
照れ臭そうにそういう薫様。
「嬉しいです、そう言ってもらえて。
薫先生の…薫様の支えになりたいから…
。」
「…僕の…支え?」
キョトンとしてる薫様。
なんか…可愛い…。
「薫様の昨日のお話を聞いて
薫様をもっと笑顔にさせたい、
幸せにしたい、そう思いました。
学校でも本当の笑顔を見せることも無くて…。
だから、せめて私といる時だけでも
本当の薫様でいて欲しい…
そう思うんです。」
しっかりと、まっすぐ
薫様の目を見て。
私の薫様への感情が伝わるように、と。
薫様は私と同じ気持ちにならなくてもいいから、だから…。
ぎゅっ。
「恋々、ありがとう。
恋々が嫁いで来てくれて良かった。」
強く抱き締められた私は、
そっと薫様の背へと腕を回しました。
「…そうだ、薫様。」
「ん?なに?」
「薫様がもし本当に辛い時は…
数学準備室に呼んでください。
その時だけは、生徒から…
薫様の恋々に戻りますから。」
そう言うと、また私の体に回っている
薫様の腕に力がこもるのがわかりました。
「ん…。ありがと。」
「あ、薫様のネクタイ借りないと!」
「あ、そうだった。ははっ。」
ネクタイをシュルシュルと外す
薫様の姿は、何とも色気があって
カッコ良かったです。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうこざいます!」
ネクタイを受け取る時に薫様が一言。
「明日から恋々にネクタイ結んでもらおうかな。」
「はい!もちろん!」
私は、薫様の本当の笑顔を見ることが
できればいい。
…本当の笑顔を…。
そう強く思いながら、
また生徒へと戻って行きました。