六月のピアノ
「ラテかぁ…私はやっぱブラックかな~」
椅子に荷物を置いて、ピンクの長財布を持った真子が自販機に向かって歩いていく。
その抜群のスタイルを眺めながらわたしはさっきまで脳内を支配していた夢を、追い払うように軽く目を閉じた。
奥西真子は同じピアノ科の友達。茶色く染めた明るい髪の毛先をくるくると巻いた、まさに今どきの女子大生って感じ。
笑うと人懐っこさが全面に出る愛されキャラで、何人も友達のいる真子。
冴えないわたしの一番の仲良しだなんて未だに信じられない。
「あの自販機さー、コーヒー出るとこカップ置くとこからだいぶズレてない?なんか損した気分なんだけど」
戻ってきた真子は少し不機嫌に眉を寄せていて、カップの中からはコーヒー特有の濃密な香りがした。
わたしはコーヒーは苦手で飲めないけれど、真子はお気に入りらしく、そんなところもわたしと違って大人だなぁなんて思って少し卑屈になってしまう。
「……あぁ、あれね、目印からちょうど右半分にカップずらすとぴったりだよ」
「…ちょっとー、それ先言ってくんない?」
ぶつぶつ文句を言いながら椅子に座って飲み始めた真子を見ながら、わたしも残り少なくなったラテを飲む。
ぬるくなったラテは少し甘ったるい味がした。
窓際に射し込む日差しはお昼過ぎのこの時間帯、とても暖かくて心地よい。
高校時代には、ちょうど5限目の授業でよく居眠りしそうになったことを、ふっ思い出した。
「あ、ねぇ。今日空いてる?」
「今日?」
突然話を切り出した真子に顔を向けたわたしは、その表情を見て内心嫌な予感がした。
…正直、不自然なほどニコニコしている時の彼女ほど恐ろしいものはないから。
「…今日はもう終わったから……」
おそるおそる予定が無いことをつげると、カップを口元から離した彼女がニヤリと笑った。