縛鎖−bakusa−
走る彼の足元で鎖がジャラジャラと音を立てる。
彼がトンネルの入口まで行くと、鎖の長さは限界でそれ以上先には進めない。
亮介君が「母さん」と呼んだ人は、50歳位の白髪の目立つ女性だ。
彼が生きているとしたら今24歳。
母親だけが当然年老いて行く。
黒いスカート、黒いストッキング、黒い靴、黒いコート。
喪服の様な出で立ちに、手には仏花の花束と缶ジュースを持っている。
彼女はトンネルの中に佇む私に気付いていない。
トンネルのすぐ近くまで来たのに中に入って来ない。
トンネルを見るのも辛い様子で視線を斜め下にずらし、
体を震わせ泣き出しそうな顔をするだけだ。
『母さん!僕だよ!
ここにいるよ!こっち見てよ、母さん!!』
トンネルの入口ギリギリの場所でピンと張られた鎖に囚われ、
亮介君は必死に叫んでいた。
手を伸ばし声を限りに訴えて、
自分の存在を何とか母親に伝えようとしている。
残念ながら彼女は息子に気付かない。
悲しい姿も見えず、必死の叫びも届かない。
『母さん!母さん!聞いてよお願い!!』
母親はトンネルに入る事は無かった。
きっと入れなかったのだと思う。