縛鎖−bakusa−
「矢野陽子先生…いえ…山本陽子先生」
旧姓で呼ばれて彼女は驚きの色を濃くした。
その驚きとは、なぜ旧姓を知っているのかと怪しむ程度なのだが…
彼女との距離を一歩詰めて真顔で言った。
「山本先生。ノート返して下さい」
「…な…何を言っているの?」
「しらばっくれないで下さい。ノートです。
『水谷徹の最後のノート』返して下さい」
彼女の手からチョークが落ちて、床に当たり二つに割れた。
水谷徹…
その名前に、見る見る青ざめカタカタと震え出した。
彼女は両腕で自分の体を抱きしめ、何とか震えを抑え様としているみたいだった。
「…し…知らない…何を言っているのか…私は…」
そう言うだろうと予想はしていた。
ノートが明るみに出れば、15年前の卑劣な行為が露見する。
彼女は間違いなく世間に糾弾される。
自己保身…ムカツク…
私と彼女のやり取りを静まり返って見ていた生徒達がザワザワし始めた。
「何ー?」
「意味分かんねー」
「あの制服〇〇高だよね?」
と話し始めた。
鍵の閉められたドアを叩く音が止んだ。
小太りの教師は、後ろのドアから入れる事にやっと気付いたみたい。