縛鎖−bakusa−
その日の夕方、台所で包丁を手にしていた。
丸々と太った鯖一匹をまな板の上に寝かせ、ズダンと頭をはねる。
勢い良く腹を切り開き、ドロドロした内臓を掻き出していると…
真後ろで「何か…あった…?」と声がする。
死んでいる鯖からも血は結構流れる。
赤黒い血に塗られ、ぬらぬらと光る包丁片手に振り返ると、
弟が一歩後ろに下がった。
「何かって…なに?」
「いや…姉ちゃん最近…何か変だなぁと思って。
イライラしてるって言うか、目付きが怖いって言うか…」
「…そう見えるんだ…そうだね…イライラしてるかも…」
確かに最近の私の心は、悔しさと怒りで一杯だ。
その気持ちは水谷徹の想い。
彼の想いを背負った日からまるで同化するかの様に、
日に日に怨念が膨らんでいる。
クヤシイ…クヤシイ…ユルセナイ…
しかし、不安げな弟の顔を見て、
「ふぅー」と長い息を吐きだし包丁を置いた。
水谷徹の願いは叶える。
取引であり約束だから。
けれど心まで彼と同じにする必要はないのだと、
まだあどけない弟の顔を見て気付かされた。