過保護な妖執事と同居しています!


 繭を触って数日は、何か起きるのではないかとビクビクしていたが、何も起こらない。

 見たら幸福になれるという話だが、特に幸福を実感できてもいない。

 私はすっかり繭のことを忘れて二週間が過ぎた。

 社員旅行の荷物をまとめようと思い、旅行鞄を取り出すために押入の戸を開けて、私は出かかった悲鳴を必死で飲み込む。

 すっかり忘れていたあの紅い繭が、荷物を押しのけて押入いっぱいに広がっていたのだ。
 巨大化した繭の中から巨大な蛾が出てきたらどうしようと、目を凝らして覗き込んだ。

 羽化が間近なのか、薄くなった繭の中心には人のような陰が見える。
 人ではないはずだ。紅い繭は人の姿をした妖怪の繭だったのだ。

 見たら幸福になれるというのは、母の言うようにただの言い伝えだろう。だが、触れてはならないというのは、こんな事になるからだったのだ。

 繭の正体がわかったところで、こんな巨大化した後では手遅れのような気がする。
 私には妖怪を退治するすべがない。なによりこの巨大なものを、ただ捨てるだけでもどうすればいいのかわからない。

 私が途方に暮れていると、繭からピリッと裂けるような音がした。

 妖怪が出てくる!

 そう思った私は、素早く押入から離れて、部屋の隅にあった布団叩き棒と座椅子の上のクッションを手に取り武装する。
 役には立たないような気がするが、何もないより自分が安心できる。

 固唾を飲んで見つめるうちに、繭の裂け目はどんどん広がり、ぱっくりと割れた繭の中から妖怪が姿を現した。

 割れた繭を跨いで押入から出てきた妖怪の姿に、私は息を飲む。

 スラリとした長身を上品なグレーの三つ揃えスーツに包み、靴まで履いている。見た目は男性のようだ。

 あの繭のように深い紅色の髪と瞳が、彼を人ではない異形のものであると物語っていた。

 見とれるほどに整った面に柔らかな笑みを浮かべ、妖怪は胸に手を当て、恭しく頭を下げる。


「お初にお目にかかります、マイロード」


 マイロード? ご主人様? 私のこと?
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