少女狂妄
 ガタン、と二階から物音がした。

 重い物が落ちたような音に、男は天井を見上げる。

 二階にいるはずの者が目を覚ますには、まだ早い刻限。

 全身が泡立つような予感に、男は少女の部屋へと走っていた。


「あああああああああ!」


 少女の絶叫に、男は約束も忘れて少女の部屋に飛び込む。

 扉を開けた先で、男は血まみれになった少女を見つける。

 昨日巻いてやったばかりの包帯が裂けて床に落ち、手当てした傷も開いていた。

 少女が着ている服もズタズタになっており、少女が隠し続けた首の傷も露わになっている。

 けれど、最も酷いのは顔面だった。

 長い髪が血で頬に貼りついて、右半分が真っ赤に染まっている。


「お……さん…………」


 駆け寄り抱き上げると、少女は薄っすらと目を開けた。

 血に染まった右目は開かず、左目だけが男を捕らえる。


「……ぅ……さ…………」


 まるで血の涙を流しているようだった。

 すがりつく眼差しは哀れで、その瞳の色が男を蝕む。

 胸に縋りつくように伸ばされた手は震え、滴った血が床に赤い跡を残す。

 男の胸元をつかんだかと思うと、張りつめた糸が切れたように少女は意識を失った。

 それでも出血は止まらず、男の服は血に染まっていく。


「蛍……」


 小さな体を抱きしめて、男はその名を口にする。


「朱音…………」
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