時は誰も待ってくれない 上
こんな時でも中谷を思ってしまうなんて。
優しい山下くんを好きになっていたらきっと私は幸せだったと思う。
でも…中谷と出会ってしまった私はもっと幸せを感じている。悲しいのに、不意に見せる笑顔を、悲しく揺れる瞳を可愛い寝顔を隣の席の私だけが知っていると思うとすごく幸せな気持になるの。
「山下くん、私―…」
「高橋…?」
言いかけて私は言葉を止めた。
だって、その声に振り返ると私の名前を呼ぶ中谷が扉のとこで立っていたから。
あの悲しそうな瞳で私を見ている。でもその瞳は一瞬ですぐにいつもの中谷に戻った。
「あ…、中谷」
中谷のもとへと駆け寄ろうとする私の腕を山下くんが掴んでそれを止める。
そんな私達をまた悲しそうな瞳で見ると中谷は「よかったじゃん」と言ってどこかへ行ってしまった。
待って…
違うの。
私中谷に伝えたいことがあるの。
今日言うって決めてたの。
よかったじゃんって何?
言葉とは真逆な表情に私は焦りと不安と訳が分らない感情に迫られる。
「高橋さん!」
「ごめ…山下くん行かなきゃ」
「行かせない」
「山下くん…私今行かないと一生後悔する」
振り返ると山下くんは驚いたような傷ついたような顔をしている。
でも、ごめん。
今、中谷を追いかけないと私は後悔する。
だってあの瞳は何度も見てきたけど今までで一番悲しかった。
本当にどこか遠くへ行ってしまう感じがした。
「ごめんね…山下くんの気持ちには応えられないよ」
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