双世のレクイエム


連行された先は洗面所だった。

なんでこんなところに連れてこられたんだと若干不満気に思っていると、不意に首根っこを掴まれたまま持ち上げられる。

「ぐえっ?!」
首が絞まり変な声が出た。

「うるさい。黙って自分の顔を見ろ」
心配という二文字を知らない豪蓮(くおれん)は顎で洗面所の鏡を差す。

一体何なのだとワタルは洗面所の大きな鏡に目を向けた。
そこに映っていたのは、自分の知る【ワタル】ではなかった。


「えっ…これが俺…?何これ何これどうなって…え?!」


鏡に映っているワタルの姿形は変わらないものの、ワタルの目は自身の姿に釘付けであった。
視線の先には、変色してしまった自分の髪の毛。


「うそ…、なんで?なんで俺の髪、紫になってるのっ…?」

「暴れるな。落とすぞ」

「ねえ、ねえ…。豪蓮(くおれん)、どういうことなの?俺、だって、ほんとは黒髪で…」

「だから言っただろう。貴様は化けもんになっちまった。だから髪色が変わったんだろうが」

「嘘。嘘だよ。だって俺、この前まで普通の人間で、っていうか化け物って、え、え?」

「ああもう煩いっ!少しは黙れ!」


掴んでいた手を離し、豪蓮はワタルを床に落とした。しかしワタルの方は特に反応もなく、ただ目の前の現実に呆然とするばかりである。

もう一度鏡を見れば、紫色の髪をした自分(ワタル)がいる。

どうしてこうなったのか。
なにが起こっているのか。
自分は今、どうなっているのか。

ぐるぐるとそればかり考えてしまう今のワタルの状態を言えば、混乱という一言に尽きるだろう。


「…なんで」

「……。」

「なんで、こんなことになったの?」

「……。」

「そもそも、なんでここに連れてこられたの?」

「……。」

「俺が、化け物って…どういうこと?」

「……。」

「ねえ、教えてよ。ねえ、ねえ。…教えてよっ、ねえ、豪れ…「うるせえ!」


しつこく尋ねるワタルにとうとう豪蓮は怒声を浴びせた。
ワタルはビクッと一瞬体を震わせたもののそれだけで、また呆然と視線をさ迷わせて「なんで、なんで…」と呟くのだ。

それはまるで、それしか喋れない予め設定されておいた機械人形のようで。
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