双世のレクイエム
人気のない裏庭。整備されているというよりは、自然に出来上がった草原のようだ。かといって、別段荒れているというわけでもない。
この異世界にも季節はあるらしく、今は春。入学シーズンということもあるが、満開の桜にワタルは見惚れざるを得なかった。
桜の花粉に集まる紋白蝶に視線を向けながら、ワタルはほぅと声を漏らす。
「いい場所だね」
「でしょ?俺のお気に入り。…ワタルも、来たかったらいつでもここに来るといい」
「え?」
まるでここは自分の場所だとでも言うような言い種にワタルは首をかしげる。
ならここは、りゅうが管理している場所なのか?
しかしりゅうはワタルと同じ新入生の場所にいた。一体どういうことなのか。
疑問符を露にするワタルにくすりと笑ったりゅうは、ぱっと腕を広げる。
そこへ丁度、療杏と豪蓮も合流した。
「見て、ワタル。これが俺の正体だよ」
<っワタル!すぐにそこを離れろ!>
「えっ…?」
りゅうの三日月に細められた眼が見えたのは一瞬。
ぐいっと後ろから引っ張られる感覚に、ワタルはその場から離れざるを得なかった。
次の瞬間、目映いばかりの朱光が躊躇なくワタルたちに降り注ぐ。
反射的に目を瞑ったワタルはバランスを崩しその場に倒れた。
「イテッ。…あいたたた、一体何…」
「ワタル」
「え?………り、りゅう?」
光が収まり顔を上げると、そこに佇むのは【りゅう】だった。
あいや、失敬。
「そうだよ。これが、俺の正体」
「…ま、まじか」
赤い鱗に体を覆われた、まさに【龍】(りゅう)がそこにいた。
神々しく日の光を受けて反射する鱗。
何もかも噛み砕きそうな鋭利の牙。
ぎょろりとワタルを見つめる緑の瞳。
グルルルル…と喉を鳴らす龍は、涎をぼちゃりと落としてワタルに近づく。
一歩近づく度にズシン、ズシンと地面が震え、尻をついていたワタルの体もその度に宙に浮き上がる。
というか、涎を垂らしてワタルを見つめているあたり、この龍はお腹が空いているのだろうか。
またぼちゃりと涎が垂れたのを見て、ワタルは青褪めるしかなかった。