双世のレクイエム
ぽかんと口を開けるワタルに、龍はまたグルルと喉を鳴らす。
「わ、ワタルる…、俺コロさない?」
「え?」
「おオレを殺しちゃやだ…つかま、ないデわたる。ワタル、わたル、ワタ、る…」
「りゅう…?」
<っワタル!逃げろ!早くしねえと食われっぞ!>
「え?…うわっ!」
ふんっと龍の鼻息でワタルの体が飛ばされる。急いで療杏がワタルの元に飛んできた。
それと同時に、龍が前足をズシンッとおろす。下ろしたそこは、先程までワタルがへたり込んでいた場所である。
<あいつはもう自我がねえ。…今まで何かされてきたんだろうな。本来の姿に戻ったことでトラウマが蘇ったんだろう>
<もうここは危ないどすえ。ワタルはん、さっさと逃げましょ>
「……。」
「グルルルァアアッ!」
「…っ!」
ワタルに向かい吼える龍。成る程、確かに自我を失っているだろう。だけどワタルはその場から動こうとしない。
<…ワタルはん?><ワタル?>
「……。」
一体どうしたのだと心配して顔を覗きこむ二人は見てしまう。ワタルの顔が苦しみに歪んでいるのを。
ワタルは優しい子だから。
「グルル…、グルァッ…キシャァァアアアアッ」
「ッツ、ねえ、二人とも…」
龍の叫びを耳にワタルは二人の着物の袖をぎゅっと握った。
言いたいことは言葉にしなくともわかる。ただ、言葉にしてくれない限り、自分たちはワタルのために動けないだろう。
龍の叫びが、ワタルにとっては泣いているようにしか聞こえない。『助けて』と言っているようにしか、どうにも聞こえないのだ。
「俺、りゅうを止めたい。何に泣いてるか分かんないけどさ、助けたいんだ」
<けどお前、こんな公の場で力を使うつもりか?前も言ったろう、お前はここでも目立つんだと>
「う。そ、そりゃあ覚えてるよ…、けど」
どうであれ、龍を助けてあげたいのだ。視線は泳げど決意は揺らがないワタルに、豪蓮もどうしたものかと頭を掻く。
そこへ療杏から助け舟が出される。
<ほなら、わてが手伝うてやるさかい。ワタルはん、アレやるでぇ>
「えっ、アレやるの?」
<ええやないの、折角の機会や>
<ああ、それならやってみればどうだ?面白そうだし>
「お、面白そうって…」
ニヤニヤと笑う二人に、ワタルは残された選択肢を選ぶ他ない。仕方なしに、療杏の案に乗ることにした。
「無茶しないでね、リィ」
<あはは、やらへんやらへん。わてとワタルはんの愛でやっつけたるでー!>
「……。」
ほんとに大丈夫だろうかと心配になるワタルと、ニヤニヤ悪い笑みを浮かべる妖怪二人は、今も暴れ吼える龍に一歩近づいたのだった。