双世のレクイエム
『ワタル、よく聞け。【憑きもの】を従えさせたいのなら、その命を預かる覚悟を持て。
そこらへんの【憑きもの】なら、貴様に絶対服従するだろう』
思い出すのは、3年前の豪蓮の言葉。
豪蓮と療杏は保健室から消え、今はワタルとりゅうの二人だけである。
先生もどこかへ行ってしまった。
一体自分はどうすればいいのだろう。
りゅうの支えになるということは、りゅうを従者にさせることなのか。
しかし従者にするということは、りゅうの自由も命も奪うことになる。
もう一度よく考えろ。
自分はこれで、本当にいいのだろうか。
深刻な顔で唸るワタル。その傍らのベッドの上で、りゅうが身じろきした。
どうやら目が覚めたらしい。
「ん、あ……。ワタル」
「りゅう」
寝起きのボーッとした虚ろな目でワタルを見つめるりゅう。
そのあどけない顔にワタルは安堵し、もう大丈夫なのかと手を伸ばした。
しかし、何を思ったのか伸ばした手の動きをふいに止める。それどころか触れることを躊躇うように、ぎこちなく腕を引き戻した。
触れてしまうともう、あとに戻れないような気がしてしまって。
すると、宙に浮いたままのワタルの右手を、りゅうがそっと握った。
「え、り、りゅう…」
「ごめん、ワタル。俺のせいで、ワタル、手、怪我した。
ごめん、ごめんね…ワタル。傷つけないって言ったのに」
「……。」
包帯の巻かれたワタルの右手を、優しく撫でてりゅうは謝る。うつ向いているせいで表情は分からないが、泣いていることは確かだろう。
だって、ほら、ぐすりと鼻をすする音と、重力に従い落ちていく雫が見えたから。
いつの間にかワタルは、小さくなったりゅうの体を抱きしめていて。泣いている子供をあやすように。優しく優しく、その背中を撫でて。
「…俺ね、がんばったんだよ。ワタル、傷つけないように。でもね、あの姿になっちゃうとね、どうしても襲っちゃうの」
そうでもしないと自分が殺されてしまいそうで。
怖いんだと、肩口に顔を埋めながらりゅうは言う。
結局は自分が可愛いのだと。自分が助かるために、相手を平気で傷つけてしまうのだと。
「…俺、死んだほうが、いい?」
くぐもった声でそう言うりゅうに、ワタルは抱きしめる力を強くした。
「そんなことない。りゅうは悪くないよ。それに、平気で人を傷つけたりなんかしない。現に今、泣いてるじゃんか」
「っつ、…ひっく、でも、」
「でもじゃない。りゅうは悪くない、悪くないんだよ」
だからどうか、自分を責めないで。
震える体を抱きしめるワタルに、りゅうは涙を拭って顔を上げる。
「ありがとう、ワタル」
泣き顔でくしゃくしゃだったけど、眩しいほどの笑顔だった。