双世のレクイエム
さて。ご立腹なワタルはさておき、エル率いる第8グループはゲートを確認し、一人ずつ中へ入っていく。
エル、キリ、ザック、といったところで最後にワタルが足を向かわせようとしたとき。
「ワタル」
「え?…朱火、どうかした?」
くいくいっと袖を引っ張り見上げてくる朱火の様子に、ワタルは首をかしげる。
朱火は少しうつ向くと、ぼそぼそと小さな声でこう言った。
「俺、ここ、入れない。まだ、無理」
「…?」
まだ無理、とはどういうことなのか。ますます首を捻るばかりのワタルに、ふよふよ浮いていた療杏が口を開く。
<ワタルはんと赤蛇坊やはまだ正式に契約されてない状態なんどす。赤蛇坊やはもともとここに縛りつけられている龍。
上塗りとしてワタルはんがその糸を断ち切れておらへん以上、赤蛇坊やは自由にここいら以外を歩くことが出来ひんのですわ>
「ワタル、どうしよ。俺、そっち、いけない」
困ったように、泣きそうな目をする朱火に、ワタルもおろおろと焦る。
「ち、ちょっと待ってよ。まだ正式に契約してないって、どういうこと?昨日、主従関係になったって…」
<関係がどうこうの問題じゃねえ。大事なのは、契約するための、いわば供物だ。
テメェは覚えてねえだろうが、俺たちはテメェに自分の血を飲ませて契約したんだ>
「げッ、そんなの初耳なんですけど」
<そりゃ言わなかったからな>
げっそりと妖怪二人を見つめるワタルに、ツーンと澄まし顔でそっぽを向く豪蓮。
いや言えよ、とツッコミたくなるのを我慢したワタルは偉い。
「えっと、じゃあ朱火と正式に契約するには、どうすればいいわけ?」
<簡単だ。ワタルが赤蛇小僧になんか適当にプレゼントして、赤蛇小僧はワタルに血なりなんなり捧げりゃいい>
「うわぁ、グロ…」
<そんぐれえ我慢しろ。第一、テメェの中にゃ俺たちの血が流れてんだぜ?>
「リィはともかく、レンの血はちょっと」
<テメェ脳みそ握り潰すぞ>
握り拳を見せつけるように肩まで挙げた豪蓮に、ワタルは慌てて豪蓮から離れる。
その際、ポケットから何かごそごそと探し、取り出して朱火に渡した。
「はい。供物ってこんなのでいいかな…って、え?! 朱火なにしてんの!」
ゴクン
なんとあろうことか、ワタルの捧げた供物を朱火は躊躇わずに飲み込んだのだ。
しかも、ワタルが渡したのはピカピカに磨かれていた綺麗な石ころ。
飲み込むものではないはずだが…。
ケロリとしている朱火に、もうなんでもいいやとワタルは思考を投げ飛ばしたのであった。