双世のレクイエム
苦々しい顔をしている療杏に何を感じたか、豪蓮も笑うことを止め、「どうかしたのかよ」と心配する素振りを見せる。
その問いかけにしばし躊躇した療杏だったが、少し間を置いてから、そっと豪蓮の耳に口を寄せた。
その隣でワタルが首をかしげるなか、一通り事情を聞いた豪蓮は「なるほどな」と言って苦笑する。
「そりゃマズいことになったな。リャオ、お前どうする気だ?」
「どうもこうも、わてがあの青年をなんとかせえへんと…」
「二人共、なんの話してるの?」
二人だけで進められても困る。自分も話に交ぜろとワタルは言うが、そうもいかない。
妖怪二人は苦笑して、「さあ?」と口を揃えて誤魔化すのだった。
一方、話の渦中にいるクロイはというと。
「(もしかしてあの白髪の方は…)」
脳内に浮かぶのは、あのときの女性。
凛々しく、神々しく、華やかで可憐な彼女。白銀に輝く白髪は、尚一層彼女の美しさを引き立てる。
まさか、こんなところで会えるなんて!
歓喜と緊張が走り、クロイは高揚とした眼差しで、背を向けた白髪の彼女を見つめた。
もっとも、クロイはその人物が療杏だと知らず。ましてや『彼女』は療杏が憑依したワタルだと言うことも、気づくはずもないのだ。
なんて滑稽、嗚呼哀れ。
この場合、『哀れ』とは一体誰のことを指しているのか。
察していただきたい。
そしてクロイからの熱い視線を受けている療杏のみならず、その周りで言葉を交わしているワタルと豪蓮は気づかなかった。
すぐ目の前で、神猿の影がユラリと揺れていることに。
そして、その『見えていないはず』の目が、ぎらりと光っていることに。
気づいたときには、もう遅い。
「ッ、ワタルはん!」
「え」
一早く気づいた療杏がワタルを押し退け、身を挺してその華奢な体を守る。
状況を察知した豪蓮も、印を構えて術をかける。
何が起こったのかなんて、理解するにはあまりにも材料不足で。
ただ、ひとつ分かるとすれば。
「俺の弟に、何した?」
倒れているキカズとイワナを抱きしめ、ほぼ無表情に近い形相でこちらを睨む、ミナイの姿だけだった。
一体、何が、起こったの?