双世のレクイエム

倒れているキカズとイワナは、憑依した豪蓮の仕業。
ただ気絶しているだけで、大した傷も見られない。

はず、なのだ。


探るような目で状況を見渡し、さらにワタルの視線は、目の前で苦い表情をする療杏に向けられた。

今、自分は抱きしめられていて。
誰に?リィに。

そのリィが脂汗を流して怖い顔してて。
なんで?それは、


「ッツ…」

「…リィ?」


リィの背中から、煙が出てる。

ああ、なるほど。


リィが、怪我、したんだ。

…誰のせいで?


「…うはっ、ししょー。俺の嫌いなもん、知ってるっしょ。でしょでしょ?
おれ、いまのししょーきらい。だって、だって、だってだってだって!」

「やめろアホ猿ッ!」

「っうるさい!いやだ、きらいっ。ししょーふたりともきらいっ。
おれのおとうとっ、がっ、おとーとっ、」


舌足らずどころか、まともに喋ることも出来なくなったミナイ。

その、周囲から。

ぐねぐねとうねる緑の『ナニカ』がワタルたちに襲いかかってきた。

それは打ち付けるように激しく音を上げて、療杏の背に痕を残す。

避ければいいのに、なんて。思った後に自分を恨む。


誰のせいでリィが傷ついてるかなんて、そんなの、一目瞭然じゃないか。


「ししょーっ、きらいだッ!」

「っ、ああッ!」


緑の『ナニカ』が、療杏の体から血を垂れ流させる。

こうなったのは、俺のせいだ。

避ければワタルに当たるから。それは嫌だから。代わりに療杏が傷ついて。


「(でも、俺だってそんなの嫌だ)」


嫌だから。

印を組む豪蓮にチラリと目を向け、もう一度前を向いて深呼吸をした。

なぜミナイが荒れているのかは分からない。

『弟』という単語を口にするあたり、彼の弟に何かあったのだろう。


従者の責任は主人が負うもの。


豪蓮のせいでキカズとイワナが倒れ、そうしてミナイが怒ったのだから、このあとの処理は自分が行うべき。
とでも、ワタルは思ったのか。

そっと療杏の腕をほどき、荒れるミナイにゆっくりと近づく。


「わ、ワタルはんっ」

「……。」


危ないから行くな、と。まるで切望する療杏の訴えも無視し、そしてワタルは歩みを止めない。

豪蓮は何も言わず、不安定な療杏に駆け寄った。


「(どうしてだろう…)」


不思議と落ち着いている。
いや、落ち着いているというより、これはただ恐怖を感じていないだけ。

療杏が重傷を負っている、どうしよう。という焦燥感もない。

ただ、ぽつねんとワタルの心にあるのは。


「…なに、あんた。あんたも、おれのおとーと、きずつけた?ね、ね、じゃあ、じゃあさ、しんで」

「……。」

「ねえ、むししなーいで。おれ、いまね、すっごいむかむかしてんのよ。
すげえ、おこってる」

「…うん、そっか」


俺も同じだよ。


「俺も、今すっげー苛ついてる」


それはきっと、君と同じ理由なんだろうね。

黒は、静かに変貌する。
全てを魅了する紫へ。
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