双世のレクイエム
今思えば、と。ワタルは落ち着いた思考で記憶をつまむ。
豪蓮は言った。
『色イコール力だ。けど髪色イコール力ってわけじゃねえ』と。
ならばなぜ、ワタルの髪は変わるのか。力を使うとき変わるのか。
髪色が力の色に染まるのは、自分の力を封印している時だけ。
ワタルのように、自分の力を使う場合、髪が力色に変色するはずないのに。
けれど今はそんなこと、どうでもいいのだ。
紫の瞳は、真っ直ぐと目の前の緑猿を見据える。
「君はどうして怒ってるの?なにか、された?」
「なにかされた、されたされたよ!おれのおとーと、きずつけられた!うはっ、うはははははっ!さいしょはきぜつしてるだけかとおもってた。なのに、ちがう!ちがった!
たましいまるごとぬけちゃった!
おれのおとーと、しんじゃった!」
『俺の弟死んじゃった』
ゴーグルをしているせいで涙は分からないが、それでも『うはは』と笑うミナイは、くるくる回って声を上げる。
きっと彼は、壊れてる。
正気は消えて、ただ残ってるのは歪んだ狂気。
『死んだ』ということは、『殺した』のは豪蓮だと言うことになる。
諭すような目で豪蓮を振り返るワタルの顔に、表情はなかった。
「レン、だめでしょ。人ンちの子殺しちゃ。殺るならせめて、バレないようにしなきゃ」
そして『彼』もまた、歪んでいる。
不相応な発言をするワタルに、豪蓮は顔を険しくさせた。
それもそうだ。
まさかワタルの口から、そんな言葉が出てくるなんて。
しかし状況も状況だ。
今はワタルを追究する余裕もない。
「ミナイくん、だっけ?君はさ、家族を殺されたから、怒ってるの?」
「おこってる?おこってる、おこって、る。うはっ、うん、そうなんじゃない?」
「そっか。俺もね、『家族』を傷つけられたから怒ってるよ。リィの背中、すっごい火傷してるよね」
ちらりと見れば、ミナイは口元を緩ませたまま放心している。
壊れた心がどこかへ消えようとしているのか。
「う、っは。なによ、あんた。そんなこわいかおしてよう。やる?やっちゃう?やりましょう?
しねよっ、しねしねっ、みーんなみんな、しんじゃえばいいっ!」
「そうだね。死んじゃえばいいよね。
この世界が嫌いなら、君が消えた方が手っ取り早い。
サルが、人間に敵うと思うなよ」
そうして緑はぐにゃりとうねり、紫は鋭利にサルを狙う。
緑の力は心臓へ。
紫の力は喉笛へ。
『家族』を傷つけられれば、そりゃあ誰だって怒りに狂うだろう。
もしかすると、歪んで壊れてしまうかもしれない。
それなら、どうすれば戻るだろう。
どうすれば、歪みは正常に成るのだろう。
答えは簡単。
「はい、ストーップ」
【兄ちゃんお顔が怖いわよ~】
「ワタルはん落ち着きぃや」
「止めろ、ワタル」
『その原因』が『結果』になればいいだけのこと。
いつの間にか妖怪二人に押さえられていたワタルは、目をパチクリとさせる。
視線を移せば、目前のミナイも押さえつけられていた。
それも、死んだはずの弟二人に、だ。
顔を上げれば、ぴんぴんした療杏がワタルににっこりと微笑んでいる。
どうやら傷は豪蓮の術で治ったようだ。
もう一度パチパチと瞬きをしたワタルは、力が抜けたのかガクンと地面に膝をついた。
放心状態で視線をさまよわせ、やっと定まった先には、鼻水を流して弟二人に抱きつくミナイの姿が。