双世のレクイエム
と、境内の奥からまた数人かの男たちが揃って出てくる。
どこかで見たことのあるような、いやしかし会いたくのない人物。
「よう。お嬢ちゃんたち。もうへばってんのかよ。僕たちはまだまだこれからだぜぇ?」
「……。」
ああ、ワックスニキビ駄目小僧だ。
テカテカと輝いている彼の黒髪も、今は格好悪くぐちゃぐちゃに乱れている。
嫌な奴に会っちまったとエルが顔を歪めると、ふいにワックスニキビ駄目小僧が顔をパッと輝かせた。
その視線は、エルのみならず豪蓮たちのさらに背後へと向けられている。
いつの間にいたのか、そこには冷めた目でワックスニキビ駄目小僧を見据えるクロイの姿があった。
「おお、クロイじゃねえか!なんだなんだ、今更僕を助けにきたのかい?まったく、それならもうちょっと早くに行動してくれよな」
ふんぞり返るワックスニキビ駄目小僧は、「まったく」と言って溜め息をつく。
その偉そうな態度にクロイは方眉を上げた。
「俺がお前を助けにきた、だと?馬鹿言うな。お前らのことなどどうでもいい。それに、クエストはもう終わった」
「なに?そうかそうか!僕の手を煩わせることなくコンプリートしてくれたのか!さすがは僕の部下だな」
「誰がお前の部下だ。そうじゃない、俺じゃなく、クリアしたのはそいつ」
そいつ、とクロイが指差した方向には、すぴすぴと眠るワタルがいた。
みんなの視線が集まるなか、ワタルをおぶっている豪蓮はニヤリと笑う。
「そういうことだ。俺様の主がクエストをクリアした。貴様らはせいぜい、そこのアホ猿共に泣かされていただけだろう?」
「なっ…、誰が泣かされたって?!公爵家出身のこの僕に、そんな口利いていいと思ってんのか!」
唾を飛ばして豪蓮を指差すワックスニキビ駄目小僧は、顔を赤くして豪蓮を睨む。
まるで無様なその態度に、豪蓮は眼光を強くした。
その途端、差していた指からぼこぼこと皮膚が膨らむ。
「ひっ…!」上擦った声で悲鳴を上げるワックスニキビ駄目小僧に、豪蓮は仕上げとばかりに「八栂式、解」と呟いた。
そして、彼の人差し指が、風船のようにぶくぶくと膨らんでいく。
「貴様こそ、口の利き方には気をつけろ。クソ餓鬼が」
「あっああっ、あああああああッ?!」
ぱんっ!激しく音を上げ、ワックスニキビ駄目小僧の指が弾けた。
同時に、あまりの衝撃でワックスニキビ駄目小僧はその場に倒れる。
泡を口から垂れ流し、ばたーんっと豪快に倒れた様はなんとも無様だ。滑稽だ。
周囲で状況を見守っていた生徒たちは、あまりのショッキング出来事に口を手で覆う。
ワックスニキビ駄目小僧の仲間に至っては、衝撃で気絶した者もいた。
だがしかし、療杏と神猿兄弟だけは平然とした顔で呆れたり笑ったり、だ。
「相変わらずえげつないっスね、師匠」
「うわグっロ…」
【クオさんったら怖ーい】
この光景を平然とした顔で見続けられるお前らも怖い。
一体何故吐き気が込み上げないのだろうか。
それは療杏の一言で解決した。
「レンちゃんったら『幻術』苦手なくせに、こういう目に毒なもんは習得しはるんやねぇ」
「うっせ。俺様の性分だ。仕方ねえだろ」
「やれやれ。やーな性分やこと」
肩を竦めて溜め息をつく療杏は、ちらりと目の端でワックスニキビ駄目小僧を捕らえる。
そう、指が破裂したのは幻術なのだ。
この場にいた全員に幻術をかけたようだが、見慣れている者たちにとっては仕掛けがバレているようなもの。
よくよく見ずとも、指が破裂したというのに血溜まりがない。
人間誰しも、衝撃と混乱の前では『当たり前』で簡単なトリックも見破られないのだから、これも仕方ないが。
それにしてもやり過ぎだとたしなめる療杏に、ぷいと豪蓮は顔を背ける。
「だってコイツ、うざかったんだもん」
『もん』じゃねーよ、『もん』じゃ。
普段の豪蓮からは想像もつかない言い分に、もしワタルが起きていたならば仰天しただろう。
もしくは腹を抱えて爆笑するかの二択。