双世のレクイエム
なんにせよ、ワックスニキビ駄目小僧は放置という処置に至った。
ところで、何故クロイが療杏の近くにいても動転していないのか。
無論、顔が違うという点もあるだろう。
しかしそれだけでなく、念のためということで療杏は髪色を蒼に変えたのだ。
そのことにエルは首をかしげたが、特に興味もないらしく追求もしなかった。
そういうわけで、療杏も平然としてクロイの近くに佇んでいるというわけだ。
「それじゃ、クエストも終わったことだし帰ろうか」
「なんだかワタルさんに全部任せて、あたしたちは何もしなかったね…」
「いんじゃね?ワタルに今度なんか奢ればいいっしょ。それにキリとザックも頑張ったろ?バ・ツ・ゲ・エ・ム」
ぴしり、キリとザックの表情が固まる。
「あれ?」
「に、ににに兄ちゃんっ、思い出させないでーっ!」
「あんなのトラウマ以外の何でもありませんよ!」
ガクブルと尋常じゃないほど震える二人には御愁傷様としか言い様がない。
呆れた表情で豪蓮は「マジでどんな罰ゲームしたんだよアホ猿…」と呟くばかりだ。
そんな悲鳴と溜め息でマイナスカオスな状況のなか、神猿兄弟だけがニヤニヤと笑う。
「気になるなら体感します?」
「…いや、遠慮しとく」
きっと体感したその日は悪夢にうなされることだろう。
受けた方々に、切実な南無三。
鳥居近くに寝かせておいた朱火も抱え、豪蓮たちは神猿兄弟の前に立つ。
クエストを完了したため、こうして神猿兄弟が学園に戻るゲートを開いてくれるという。
神木にぽっかりと空いた穴に術をかけ、ミナイは「それじゃまたね」と笑顔で手を振る。
キリ、ザック、エルの順番で次々にゲートの奥へ進んでいくが、豪蓮はふとゲートの前で足を止めた。
「…なあ、アホゴーグル」
「なんです、鬼畜師匠?」
互いに皮肉を込めた愛称で呼びあい、視線を交わらせる。
「もし、俺様がこいつを認めたら、貴様、どう思う?」
「どうってそりゃ…」
眉間にシワをよせ、ぐっと考え込んだミナイに、豪蓮は軽く笑った。
「いや、やっぱなんでもねえ。じゃあな」
「ほな、さいなら」
先に療杏がゲートを通り、豪蓮も右足をゲートに突っ込んだ。刹那。
「もしそうなったら、きっと…」
「え?」
体がスゥ、と吸い込まれる。
最後に聞こえたミナイの言葉は、けれどはっきりと豪蓮の耳に届いた。
伝えられた言葉の意味に、豪蓮はただ苦笑するばかり。
「そっか。そりゃそうなるわな」
苦々しげに呟かれた言葉は、ぽつねんと時空の刃に阻まれる。
耳に残るのは、猿の何気ない最後の言葉。
『もしそうなったら、きっと…』
もし、豪蓮がワタルを認めたならば。
『きっと、世界は恐怖に震えるでしょーよ』
その何気ない言葉にどうしてか、豪蓮は泣きそうな表情を浮かべたのだった。