双世のレクイエム
見上げる天井の、黒ずんだシミ。
思い起こすのは、あの時の出来事。
ワタルの体はカタカタと震えていた。
怖い。自分が怖い。まるで自分じゃなくなっていくようで、自分じゃない『ナニカ』が自分を蝕んでいくようで。
がりっ、と腕に爪を立てる。
いつからつけた痕なのか、ワタルの腕には無数の爪痕が残されていた。
「っ、はあっ、はっ、はあっ!」
思い出したくない。けれど、脳裏にこびりついて、離れないのだ。
自分の言葉じゃない、自分の言葉が。
『殺るなら、バレないように殺さなきゃ』
『人間に敵うと思うなよ』
『消えてしまえばいい』
『死んじゃえ』
何故あのとき、あんな言葉が出てしまったのか。あんなこと、言うつもりなど無かったのに。
「はあっ、はっ、ひっ、はぁぁっ!」
目眩がする。呼吸が苦しい。
だけど、死んだほうがいっそ楽なんじゃなかろうかと、どこかで自分が微笑んでいる。
馬鹿なことを。
けれど確かに、ここ最近寝た感じがしないのだ。
寝たとしても、夢に出てくるのはあの時の歪んだ自分。
そして、自分のせいで傷ついた療杏の悲しげな顔。
心苦しいのだ。
最近、療杏の顔をまともに見れない。
視線を合わそうにも、合わせた途端、責める瞳に訴えられそうで。
思い出せば、悪夢にうなされてまた目覚める。
怖い。知らない自分が、自分を殺そうとして、怖い。
「はああっ、はっ、ふあっ、あっ、は、あっ…」
ぐらりと、視界が揺れる。
体がベッドの下に転がり落ちる。
打ち付けられた体の痛みだけが唯一、自分を正気に戻してくれるのだ。
冷たい床で横になり、ワタルはそっと、瞼を下ろす。
淀みに出てくるのは、自分の歪んだ顔と、悲しみに涙を流す療杏の顔。
そして、血まみれに倒れた療杏と。
それを前に嘲笑う、血をかぶった自分の姿。
今日もまた、眠れそうにない。