双世のレクイエム
目覚めたワタルに待っていたのは、豪蓮の強烈な拳骨だった。
ごつんッ、と鈍い音が保健室に響く。
「イッ…?!」
「こンのっ…アホかテメェは!どうしてベッドじゃなく床で寝てんだ!ただでさえ体調悪りぃくせに、もしも悪化したらどうする!」
鼻息荒く睨んでくる豪蓮に、なんだかワタルは居たたまれない。
それになんだかこの痛みが、いつもと違う優しさを含んだものだから、つい。
「…なに笑ってんだよ」
「いや、別に?笑ってないよ。ごめんね、レン」
「口元緩んでんじゃねえか。ワタルのくせに生意気!」
「うわっ、ちょ、ごめんってば!」
わしゃわしゃと髪を掻き乱す豪蓮に、それでもワタルは笑みを浮かべたままだ。
気づけば豪蓮も、どこか口元が緩んでいるような気がした。
その様子を微笑んで見守る療杏もまた、久々に『ワタルらしさ』を見れて安心したようだった。
そんな中、朱火が覚束ない足取りでトテトテとワタルに歩み寄っていく。
「ワタル、お腹空いた。ごはん!」
にぱっと笑いながらねだる朱火に和まされつつ、ワタルは今何時だと豪蓮に尋ねた。
すると豪蓮から返ってきたのは、もうお昼時だという衝撃の事実。
「えッ、うそ!もうそんな時間?!」
「そりゃテメェはぐっすりだったからな。あれからずっと寝てたんだろう?」
「え。あ、うん…。まあ」
正直言うと、寝て起きてを繰り返していたのだから、寝ていたという感じはない。
曖昧に返事をするワタルに、豪蓮は首をかしげた。
「じゃあ、赤蛇坊主も腹減ったらしいし食堂行くか」
「蛇じゃない、龍!」
「へいへい、ンなちまこくなった貴様にゃあ、蛇で十分だっつの」
「うがーッ!」
なんだかんだ仲の良い二人に、自然とワタルも綻んだ。
つと、療杏がワタルの隣にそっと近づく。
思わず緊張が走ってしまい、ワタルはびくりと体を震わせた。
「り、リィ。おはよ…」
「ふふっ、もう昼時ですさかい。『おはよう』はまた明日にとっといてな」
にこりと微笑みかけてくる療杏。
だが、ワタルはなかなか笑えなかった。
それ以上一緒にいると何を言われるか分からなくて。
だからワタルは逃げた。
「朱火、食堂に行こっか」
「うんっ、行く!」
それからは療杏の顔も見ずに、早足で保健室を後にした。
残された療杏も療杏で、少しうつ向いた姿勢で苦しげな表情を見せている。
その様子にぽんと肩を叩いた豪蓮は、ふんとそっぽを向いて口を開いた。
「気にすんな。今はただ、待ってりゃいい。ワタルも不安定だが、お前も十分不安定だ。
腹を満たして、また次を考えろ」
「……。」
「だからそんな顔すんな。…調子狂う」
顔を赤らめて首を掻く豪蓮。
それに意表を突かれた療杏は、ぷっと思わず噴き出してしまった。
「な、なんだよ。何笑ってんだよ!」
「ぶふふっ、だ、だってレンちゃんが励ましとかっ、ぶほっ、似合わなすぎ!」
「るっせ黙れ!もういいッ、俺様は先行くからな!」
今度は怒りに顔を赤くして出ていこうとする豪蓮に、また療杏は噴き出してしまう。
それでも、豪蓮の『励まし』は十分効力を発揮したみたいだ。
「おおきに、レンちゃん」
「…おう」
耳まで真っ赤になっていることは、この際触れてあげないでおこう。
幾分軽くなった気持ちに、療杏は並んで保健室を後にしたのだった。