双世のレクイエム

@2:ダブル・スケアード




成り行きで仕方なくだが、引き受けたものは最後まで筋を通さねばならない。
それが責任というものだろう。

出場すると、そうはっきりエルに伝えれば奴は満面の笑みで「ラジャ!」と言って去っていった。

どうやら既に出場登録の手続きは済ませてあったらしい。

…ハメられた?


「っていうか、結局エルのあの言葉の意味、聞きそびれちゃったなー」

<ああ、人柱の話か?>


食堂で昼を済ませ、授業のために教室へ向かう途中。
幸い廊下の人口密度が低いため、こうして堂々とワタルは豪蓮たちと喋っていた。


「そうそう。物騒な話だよね。…でも、逆に興味出てきたかも。レンは知ってたの?」

<まあな。何年この世界で生きてると思ってんだ。今まで何人もの人柱を見てきたぜぇ? あの恐怖に満ちた表情を見る度、喉が渇いて仕方がなかったしなあ>

「ちなみにそれはどういう意味で…」

<恐れ震えるヒト共を喰らいたいと思った>

「悪趣味」


吐き捨てるように言葉を叩きつけ、ふよふよと浮かぶ豪蓮を睨む。

人を喰らうだなんて、それではまるで…。

「あ。」

ふと、ワタルは足を止めた。

脳裏に浮かぶのはあの少女、オリトだ。


「そういえばオリトちゃんも言ってたよね。人を喰らう喰らわない云々って。あれは…」

<そのまんまの意味だろうな。現に、あの女からは確かな血の臭いがした>

「……まじ?」

<まじまじ、大マジ。ちなみに言うけどテメェからもするぞ、ワタル>

「げッ!」


うそー?!、と頭を抱えて叫ぶワタルに、豪蓮は意地悪な笑みを浮かべてにしゃりと笑う。


<俺様にとっちゃあ悪臭には感じねえけどな。むしろ芳しい>

「やめてやめてその言い方なんかヤダ」


もう聞きたくないとばかりに耳を押さえるが、豪蓮はまだ言葉を続けようとする。

今度こそ聞かまいと耳を強く塞げば、豪蓮がすぐ耳元まで顔を寄せてきた。


「あーあーっ!もう聞きたくなーいぃーっ!やだやだグロはちょっと無…」

<聞け、ワタル>


真面目なトーンボイス。
それが耳にふっと入ってきて、聞きたくないのに耳を塞ぐ力を緩めてしまう。

その緩んだ合間を見て、豪蓮はそっとワタルの手を耳から外した。

今度は笑みなどなく。
真剣な表情で見つめてくる豪蓮に、ワタルは大人しく耳を傾けた。


<ワタル、よく聞け。あの女からは確かに血の臭いがした。それとテメェからも。だけど種類が違う。テメェのはテメェ自身の血の臭い。何も他人の血を被ってるなんざ言ってねえ。
もっとも、あの女からは別モンの臭いがしたがな>

「ッツ、…じゃあやっぱり、あの子は人を…」

<いや、喰ってねえよ。確かに血の臭いはしたが、ありゃ人の血の臭いじゃねえ。もっと強烈な、悪どいもんだ>


だから安心しろ。

柔らかな笑みを浮かべて、ぽんと頭に手を乗せる豪蓮に、ワタルもいつの間にかホッと息をついていた。

人を喰っていない。
すなわち、人殺しではない。

それが聞けたならば安心だ。

しかし、…。


「……。」

<ワタル?>

「…ううん、なんでもない」


本当に、なんでもない。

本当の気持ちは隠すから。

曇り顔のワタルに豪蓮は首をかしげる。

知る由もないだろう。
まさかワタルが、


彼女(オリト)が人殺しじゃないと聞いて、残念に思ったなんて。


「……。(ああ、醜いなぁ)」


知る由も、知るはずも、ない。
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