ラベンダーと星空の約束
今近和歌集のこの一首を知っていたのに、今の今までそれに思い当たらなかった。
気付かない俺もバカだけど、
何で隠すんだよ……
「はぁー…」
大きな溜息を付き、
箱を片手に立ち上がった。
玄関から真っすぐに続く長い廊下の突き当たり、110号室に視線を向けた。
彼女は今、ひた隠しにしていた真実に俺が近付いた事も知らず、
呑気にクリスマスを楽しんでいる事だろう。
あの夏を取り戻したい…
何もかも忘れてしまったから、
彼女の言葉で聞かせて欲しい…
5年前のあの夏、
俺と君の間に何があって、どんな会話がなされていたかを…
まずは彼女に、
自分の正体を認めさせなければ何も始まらない。
もう言い逃れはさせない。
強い確信と決意を持ち、
彼女を問い詰めるべく駆け出した。
廊下を走り抜け、部屋に飛び込む。
大きなドアの音に驚き、
彼女はベットに掛けていた片膝を下ろし、振り返った。
彼女の漆黒の瞳と
俺の視線が絡み合う。
すぐに問い詰めるつもりだった。
しかし…
その瞳を目にした途端、
言葉を失い動けなくなった。
紫(ムラサキ)ちゃんだと確信を持って見る彼女の瞳は…
今までと何かが違って見えた…
頭が微かに痛んだ。
記憶の底に眠り続けているあの夏が、
封じられた殻を内側から破ろうとしている様な…
そんな気配を感じていた。