ラベンダーと星空の約束
大樹は険しい表情で私を見下ろしていた。
流星からどこまで話しを聞いているかは分からないが、
白目は赤く、怒りだけでなく疲労の色も表情に表れていたから、
きっと昨夜は眠っていなと思う。
眠れなくなる程の事を聞かされた…
それはつまり……
大樹は部屋に入り、静かにドアを閉めた。
ドア前に立ち尽くす私を無視して部屋に上がり込むと、コートを脱ぎ捨てベットに腰掛けた。
何も話さない。
「流星と何があった?」とも
「裏切ったのか?」
とも、聞いてこない。
無言のまま持ってきたスポーツバックを開け、
その中からある物を取り出していた。
ある物とは
『弓懸け(ユガケ)』だった。
それは弓道で使う革製の手袋の様な物で、右手に嵌めて使用する。
手が大きく厚くなり、最近新調したばかりの弓懸けの革を、
数回指で扱(シゴ)いてから、右手の親指から中指までを通し、
最後に帯を手首にクルリと巻き付け、きつく締めている。
何で今…
弓懸けなんか…
「何…してるの…?」
「………」
嫌な予感がする。
大樹は無言を貫き、返事をしてくれない。
持ってきたのは弓懸けだけ?
弓と矢は……
ハッとしてドアを開け廊下を見ると、
部屋に入れるには長過ぎる愛用の竹弓が、
西陣織の弓袋に入れられたまま、廊下の壁に立て掛けられていた。
その下に転がっているのは、
矢の入った矢筒。
まさか……
ドアノブを掴んだまま固まる私を、後ろから押し退けて大樹が出てきた。
矢筒を拾い、ファスナーを開け、
中から一本の矢を取り出し、黒光りする鷲羽を指で整えている。
その矢は、大樹の家の倉庫裏で巻藁(マキワラ)に向け放っている練習用の物では無く、試合用の高価な矢。
巻藁矢とは違い、ステンレスの鋭い矢尻が付いている。
その矢を口にくわえ、淡々と弓袋の紐を解き始めた大樹。
その背中を見て、慌てて腕を引っ張り、私の方を向かせた。
「大樹!弓なんて出して何するつもり?」