ラベンダーと星空の約束
繋いだ手の温もりと、慣れ親しんだ彼の自然な香りは、
私の緊張をゆっくりと解して行く。
心地好い温もりと車の振動に誘われて、
寝不足気味だった私は、程なく眠りに落ちて行った。
◇
札幌の弓道場に着いてから大樹に起こされた。
「頑張ってね。
私、お昼の少し前にここを出るから、これでしばらくお別れだね」
「おう、腹出して寝んなよ。ちゃんと食えよ。
あいつに…………いや…夏には帰って来いよ」
ぎこちない笑みを浮かべる大樹。
重そうなスポーツバックと長い弓を担いで、先に弓道場に入って行った。
私は大樹の父親と一緒に、室内弓道場横の観覧席に向かった。
観覧用の窓ガラス越しに大樹の姿を見つめる。
白筒袖に黒い袴姿の彼は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
矢を放つまでの間合いも放った後の所作も、
大樹の動きは完成されて美しい。
的を見つめるその瞳は静かに澄んでいて、
気持ちの高ぶりも緊張も感じられない。
以前大樹に質問したことがあった。
弓を構えている間に何を考えているのかと。
それに対する返事は「分かんねぇ」
無心ではなく何かを考えていた様な気がするが、
終わった後にはそれが思い出せないそうだ。
不思議……
そんな事を思いながら大樹の射を見つめているうちに、あっという間にここを出る時間になった。
今日の射会は百射会。
参加者全員が百回矢を射るまで終わらない。
終わるのはきっと夕方…
その頃私は東京に着いているのだろう。
「大樹、元気でね。夏までさよなら…」
そう小さく呟いてから弓道場を後にして、一人空港へと向かった。