ラベンダーと星空の約束
3
◇◇◇
春は駆け足で過ぎ去り、今年も梅雨の季節がやってきた。
ジメジメ、ムシムシ…
湿度だけじゃなく気温もぐんぐん上昇し、北国育ちの私には辛い季節が到来する。
退院したばかりの時、恥じらいとトキメキを大切にしたいから、流星と一緒の部屋での生活を断った私だけど、
不快な湿気と暑さに耐え切れず、最近はエアコン完備の流星の部屋に入り浸っていた。
学校から帰ってきた放課後、エアコンが心地好い冷風を送り続けている部屋の中で、
流星は机の上のノートパソコンに向かい、素早い指の動きでキーを叩き続けている。
私は床に座りローテーブル上で、夕飯の為の野菜を切っていた。
左手で包丁を持ち、右手で胡瓜を押さえ、トントンとリズミカルに薄切りにしていく。
元から左利きだったかのように、今では器用に左手を使いこなしている。
右手は物を持ったり握ったり出来る程の握力はないけど、胡瓜を押さえるくらいの働きはしてくれる。
麻痺手の回復はゆっくりながら、地道なリハビリの成果が現れ始めていた。
字は書けなくても、ペンを摘み持ち上げることは出来る。
全く動かなかった中指から小指までの3本の指も、ピクピクと微かな動きを見せ始めていた。
胡瓜とトマトを切ってレタスをちぎり終えてから、ノートパソコンに向かう流星の背中に声を掛けた。
「流星…亀さんとたく丸さんどうしてるかな…」
「んー? 楽しい大学生活を過ごしてるんじゃない?
メールしてみれば?」
「そうだね… はぁ…」
切った野菜をお皿に入れ小さく溜息をつく。
キーを叩く音がピタリと止み、流星が隣に来てしゃがみ込んだ。
「どうした?
何だか元気ないな」
心配そうな顔で私の前髪をすくい、額をくっつけてくる。
「熱はないよ。風邪引いてないし、体調も悪くない。
ただ…最近ワイワイ騒いでないから淋しいなーと思って…
新入寮生も結局入って来なかったし……」