ラベンダーと星空の約束
「そうだよ、秘密にしてるなんて水臭いじゃん。
ジャンルは何?どんな話し?僕も読みたい!」
口々に言う私達に、流星は何となく居心地の悪そうな顔で笑う。
「あー……大した事ない話しだから…読まなくていいよ」
「売れてるんでしょ?
裕福って言ったじゃん。大した事あるって!」
私達がいくら読みたいと言っても、流星は「いいよ」と言ってくれない。
「自分で買うから本のタイトルと出版社を教えて?」
そう言っても教えてくれない。
渋る流星に読まれたくない理由をしつこく問いただす。
すると、車窓の流れ行く景色に目を向けながら
「恥ずかしいから読まないで…」
とポツリ言った。
表情は見えないけど…
髪の間から覗いている、形のいい耳が赤くなっていた…
「流星、何が恥ずかしいの?
あ…もしかしてポ…ポルノ小説とか…?」
「そういう恥ずかしさじゃなくて…ハァ……
5冊とも女子中高生向けの恋愛物で、主人公は女の子なんだよ。
恋に一喜一憂する女の子の心情を、男の俺が書いてるのって、何か恥ずかしいだろ?
だから、著者名も“流星”じゃなく、別の女性っぽい名前で出してる」
「………」
タクシーは静かに走り続け、去年の秋に皆で行った、銭湯亀の湯の前を通り過ぎた。
後数分で柏寮が見えてくるはず。
流星が書いた小説が、恋する女の子の心情を描いた女子中高生向けのライトノベルだと聞き、瑞希君も私も口を閉ざした。
意外なジャンルに読んでみたい好奇心が増すけど、
私達には読まれたくないという、流星の気持ちも理解できる。
告白シーンやキスシーンなんか出てきたら、
主人公に感情移入する前に、流星がどんな顔して書いたのかと想像してしまうもの。
誰も何も喋らない静かなタクシーは、明絖の校舎の前を走っていた。
柏寮は目と鼻の先。
車窓を眺めたまま、こっちを向かない流星の耳は益々赤みを増し…
「早く着いてくれ」と願う、彼の心の声がだだ漏れだった。
私と瑞希君は顔を見合わる。
これについて二度と触れない様にしようと、目だけで会話し、頷き合っていた。