ラベンダーと星空の約束
再移植は受けないと、その場で主治医に断言した。
この心臓と共に、最期を迎えたいと希望した。
後十数年……
そんなに時間を与えて貰えるのかと、感謝さえした。
十分だよ…
もう十分なんだ……
この心臓のお陰で紫と再会できた。
あの夏を思い出し、彼女を腕の中に取り戻すことが出来た。
ラベンダーと星空の…あの幻想的な風景を、2人で見る事が出来たんだ。
何もかも満たされて、これ以上望む物なんか何もない。
いや、望みはまだあるか……
それは、十分過ぎる幸せを与えてくれたこの心臓と共に、最期の日が訪れるまで、紫の傍で生きて行くこと。
誰が何と言おうと、
主治医がゆっくり考えてみてと言おうと、
それが俺の心からの望みなんだ。
だから、再移植は受けない。
十数年後に必要となる新しい心臓は、他の誰かに回して欲しい。
心臓病を患い、生きたいと願いながらも未来を諦めている十数年後の誰かに、
俺みたいな幸せを掴むチャンスを………
◇◇
今日は紫と『彩の写真展』を見に行く日曜日。
出掛ける準備を終えた俺は、自室の窓から空を見上げていた。
秋の風情を感じさせる鰯(イワシ)雲が、晴れた青空を気持ち良さそうに泳いでいる。
出掛ける予定の10時になっても、ドアはノックされない。
代わりに隣の部屋から、紫と瑞希の楽しそうな声が聞こえる。
初デートだと目を輝かせる紫の反応は、かなり意外で、そして可愛いらしかった。
今日のデートの為に瑞希に服を借り、慣れないメイクまでしようとしている。
そんな紫を見ると、もっと色々誘うべきだったのかと反省したりもした。
空を眺めるのに飽きて、小説の続きを書こうかとノートパソコンに電源を入れた時、
興奮気味の瑞希が、ノックもせずに入ってきた。
「大ちゃんお待たせー!
僕が全力を注いで、紫ちゃんを超ウルトラキュートに仕上げたよー!
しかも、大ちゃんのドストライク間違いなし!!」
「へぇ、それは楽しみだな」
「楽しんじゃって!
紫ちゃーん、入って来ていいよー!」