ラベンダーと星空の約束
ちらり隣を見ると、彼女はじっと写真を見て、それから僅かに首を傾げた。
写真パネルにタイトルはない。
解説を載せたパンフレットも置いていない。
彼女同様、この写真を見た人の大半は、どこの風景かと首を傾げる事だろう。
「これはモスクワだよ。
“赤の広場”って聞いた事あるだろ?
クレムリンの城壁と、その北東に広がる広い石畳が特徴の広場。
レーニン廟や聖ワシリー大聖堂やヴァスクレセンスキー門、それからグム百貨店や国立歴史博物館なんかもある」
「ふーん…ロシアなんだ。
ロシア観光の観光客を撮りたかったのかな?
建物じゃなく、人間にピントを合わせているよね」
そう言われたらそうだ。
確かに背景の建物はぼやけていて、それを見ている…或いは通り過ぎる人々にピントが合っている。
人間を撮りたかったのか…?
そう思う根拠は他にもあった。
世界遺産や歴史的建造物を撮りたいのなら、こんなに観光客の多い時間帯じゃなく、人の少ない早朝を狙う筈。
そうか、建物じゃなく人が撮りたいのか…
しかしそれが分かったからと言って、観光客を写す事で、何を訴えたいのかまでは理解出来ない。
「みんな半袖着てるね…季節は夏。
モスクワの夏って暑いの?
イメージ的に、夏でも涼しいのかなって思ってたけど」
「確か…夏は24度くらいまでは上がる筈だよ。
冬は−25度位まで下がるんじゃなかったかな。
そういえば数年前のニュースで、偏西風の蛇行が原因で、モスクワに記録的な猛暑の日が続いたって言ってたよな。
その夏は38度を記録したらしいよ」
「ふーん、24度の夏が38度になったら、大変だったろうね……
流星って博識だね。
聞いたら大抵の事には答えてくれる」
「まぁ、昔から読書馬鹿だったからね」
「じゃあ、なんで『彩の写真展』が白黒なのかも分かる?」
「それは…ごめん、俺にもさっぱり分からない」
残念ながら俺に分かるのは、写真の背景に写る建物が何かという事だけ。
それを紫に説明しながら、壁沿いの写真を時計回りに順番に見て歩いた。
「これはノヴォデヴィチ女子修道院。
16世紀初頭に創られたロシア正教会の修道院だよ。
確か、世界遺産にも登録されている筈」