ラベンダーと星空の約束
――――……
「…かり……紫っ!!」
頬を強く叩かれ、ハッと我に返った。
「またおかしな世界に行ってんじゃねーぞ!
現実から逃げんじゃねー!」
「あ……」
自分の胸元を見る。
私に刺さっていた筈のガラス片は見当たらなかった。
胸は苦しいけど、血も流れていない。
目の前には星空もラベンダーも、流星の姿も無かった。
ただ大樹が顔を歪めて、苦しそうに私を見ている。
「まだ泣けねーのかよ…
頑固な奴だなお前は…」
放心状態の私を、大樹はたくましい腕の中に包み込む。
顔を付けた広い胸元からは、仄かに大樹の香りがした。
大樹の家の洗濯洗剤と少しの汗の匂いを含んだこの香りは、私にとってラベンダーと同じ様なもの。
好きな香りでもなく、かと言って嫌いな香りでもない。
好きか嫌いかという質問自体に首を傾げてしまう程、私にするとそこにあって当たり前の香り。
ラベンダー畑と同じ様に、生まれた時から17年間ずっと隣に居た香り。
心安らぐいつもの香りと、家族の様な安心出来る温もりに包まれ、私はやっと心を解放する。
我慢も屁理屈も幻も…なにもかも大樹が取り払ってくれたから、
今は裸の心に素直な悲しみが溢れ出す。
「紫…泣いていいんだ…
怖いって泣いても、誰も責めやしねーよ」
胸の中に溢れる悲しみと、耳元に響く大樹の優しい声に、
鎖されていた涙腺は一気に決壊し…大粒の涙が流れ出した。
「うっ…ああぁ…流星…
…うあっ…あああぁぁ…」
大樹のトレーナーが私の涙を吸い取り、見る見る濡れていく。
『流星の命の期限』
重たく苦しい宣告に心が悲鳴を上げていた。
流星が私に言えなかったのは、私が彼の死を恐れ、怯えて泣いてしまうから。
そして流星が危惧していた通りに、今こうして泣いている。
怖いよ…
流星の命がそんなに短い物だなんて……
怖い…怖い……
流星が死ぬのは怖い……