ラベンダーと星空の約束
柏寮が取り壊された時も、私は一人じゃなかった。
隣には瑞希君と亀さんとたく丸さんがいて、
まだ東京で流星を捜し続けていた大樹も、柏寮とは無関係なのに一緒にいて…
いや無関係ではないか。
何しろ階段横の壁には、大樹の放った矢の穴が、壊される時まで残っていたもの。
2月5日取り壊しの日、今にも雨が降り出しそうな曇り空で、風が冷たかった。
柏寮の周囲は防塵布で覆われ、近づくと中が見えなかったので、
私達は斜め向かいの校舎の屋上から、壊される様を見守っていた。
瑞希君は初めから大泣きで、亀さんは眼鏡の奥の知的な瞳が淋し気に潤んでいた。
たく丸さんは…卒寮の日と同様、瑞希君に涙と鼻水を擦りつけられて困っていた。
大樹は難しい顔して黙り込み、私は……
味のある木造の外壁に…
古ぼけて雨漏りのした屋根に…
親密な光りを浴び艶やかに輝いていた、古く滑らかな廊下に…
哀愁の漂う、空っぽの流星の部屋に…
メリメリと重機が食い込む悲しい音と、
斜めに倒され、命を終える柏の木の悲鳴を耳にして…
涙が頬を伝い静かに流れ落ちた。
でも柏寮から目は逸らさなかった。
あの夏の幼い初恋の物語、その続きを、成長した流星と私は柏寮で描いていった。
悲しい出来事も、切ない涙も、二人の物語の大切な1ページ。
それから…
愛し合えた喜びと温かな日常と、流星の想いに心を震わせた時間は…
建物が崩れ落ちても、柏の木の命が尽きても、
この胸の中、いつまでも色あせる事はない。