ラベンダーと星空の約束
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◇◇◇
[side 流星]
―モスクワ州 ヒマキ地区 フィルサノフカ町―…
正午前にやっと白んできた灰色の空。
窓に目を遣ると、粉雪が静かな町に降り注いでいた。
アンティーク調の木製椅子の滑らかな肘掛けを一撫でし、その坐り心地の良い布張りの座面から立ち上がり、窓際へ行く。
クリーム色の窓の桟(サン)に手を置いて、結露した水滴で濡れている事に気付き、窓硝子と共にタオルで拭いた。
クリアになった硝子越しにニ階の窓から見下ろすと、昨日までとは違う景観が目に映る。
土と枯れ草色で、茶色に埋もれていたこの家の庭や畑も、
楓の枯れ葉が張り付いていた狭い通りも、
向かいのダーチャのエメラルドグリーンの三角屋根も、
今は皆一様に白く染められている。
この辺りにはダーチャが多い。
この家も元はダーチャで、冬季間も住める様、暖房や断熱材などリフォームしたらしい。
ダーチャと言うのは、モスクワ都市部に住む人々が、夏のバケーションや週末を過ごす為の別荘だ。
市内の都会では、ドームと呼ばれる狭い集合住宅にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれて生活している為、
彼らは暖かい季節になると、皆こぞって郊外の開放感溢れるダーチャへ向かう。
田舎でのんびりと畑作業やバーベキューを楽しみ、束の間の北国の夏を満喫するのだ。
そんな訳で、人口わずか三千人に満たないモスクワ郊外のこの田舎町も、夏はダーチャ住まいの人々で賑わいを見せる。
しかしこの国の夏は短く、あっという間に過ぎ去ってしまう。
9月には冷たい風が頬を撫で、木々を紅葉させ、
黄金の秋が過ぎれば、日照時間が極端に少ない、暗く長い冬が始まる。
頼りない光、曇り空、舞い散る粉雪、
人けのない狭い田舎道…
冬のこの町は、まるで眠っているかの様に静かで、どこか淋しい……
日本を離れて丸3年、
ロシアの雪の季節はこれで4度目。
観光ビザで入国した後就労ビザに切り替える事が出来、あれから一度も日本に帰っていない。
白く覆われた無人の通りを眺めていると、藍色の壁に掛けられた振り子時計が12拍の鐘を鳴らし、静寂を破った。
その音で正午を認識すると同時に、6時間をプラスした日本時間を想う。