ラベンダーと星空の約束
そのお陰で就労ビザを取得する事ができ、日本へ帰ることなく我妻さんの…
いや、アナスタシアさんの家にお世話になりながら、この地に居座っている。
紫の前から消える決意をした3年前の冬、向かった先はロシア。
観光ビザで入国してモスクワ市内のホテルを根城に、
国立図書館へ通ったり美術館巡りをしたり、ただ街をうろついたり、
これと言った目的もなく、時間だけを費やしていた。
初めはこの国に住み着くつもりはなかった。
ただ紫に見つからない土地に暫く身を潜めようと考えただけだった。
俺が消えてすぐは、きっと紫はあちこち捜し回るだろう。
実家や親類の家には居られない。
どうせ隠れるなら、一度行ってみたかったロシアの文豪トルストイやドストエフスキー縁の地へと思い付き、ただそれだけでこの地に来た。
我妻さんに会うつもりもなかった。
紫と少しでも繋がりのある人は避けるべきだと思っていたから。
それなのに、新年とクリスマス(ロシアのクリスマスは1月7日)の雰囲気が消えた1月末のモスクワ市内、
明けない暗い朝のとある珈琲ショップで、ばったり我妻さんに出会ってしまった。
店のカウンター席で新聞を読みながら珈琲を啜っていた俺は、
「あれ?」と言う声で顔を右横に向けた。
すると右隣には、俺と同じく新聞片手に珈琲を飲む我妻さんが居て…
驚きのあまりむせ返った。
モスクワ都市圏人口は東京よりも多い。
世界有数のメガシティでばったりって…有り得ないだろ……
その後は、強引に我妻さんの自宅まで引っ張って行かれ…
紫の実家のPCアドレスを知っている彼には口止めする必要があり、
それで、紫と別れた理由も体の事情も、洗いざらい喋らされる羽目になった。
あの時は「しまった」と思ったが、今は深く感謝している。
今こうして職と居場所を手に入れ、安穏な日々を送れるのは、あの珈琲ショップでの驚きの遭遇があったから。
不思議な縁だよな…
偶然じゃなく彼との再会は最初からの決定事項だったりして…
そんて運命論まで浮かんできてしまう。