ラベンダーと星空の約束
 


我妻さんに拾われた俺は、彼の家族と共にモスクワ市内の3LDKの狭いアパートで暮らし始めた。



今住んでいるモスクワ郊外の広い一戸建てとは違う。



ここに引越す前の住まいは、都会の集合住宅の一角だった。



我妻さんの家族は奥さんとその両親の4人。

自宅は職場も兼ねているし、そこに俺と言う余計な分子を抱え込むには、あのアパートは狭すぎた。



時々体調を崩して寝込む事のあるアナスタシアさんの為に、田舎に引越すと理由を付けていたけど、

俺が来たせいだと分かっている。




数年前に写真展を見に来て少し話しをしただけの俺の為に、

アナスタシアさんの両親が所有していたダーチャを冬仕様にリフォームまでして引越すなんて……



勿論そこまでしてもらう訳にいかないと断った。



身元引き受け人になってくれれば、どこかの安アパートを借りられるから出て行くと言ったのに、

我妻さんを筆頭に、このヴェデルニコフ家の人達は、何故か俺を放って置けないようだ。



何故か…ではないか。

理由は、俺の体の事情と近からず遠からずな、アナスタシアさんの事情を重ねて見ているせいだろう。



アナスタシアさんの事情とは…まあ、その説明は後回しにしよう。




アナスタシアさんから今朝受けた翻訳の仕事は、文字数は大した量ではなく、2時間程で終了した。



完成品のデータを手に部屋を出て、彼女の書斎へ向かう。



階段を下りるとリビングがあり、その奥の部屋がアナスタシアさんの書斎兼仕事部屋だ。



リビングを横切る時に彼女の両親の姿を目にする。



齢70を過ぎた彼らは、夏は小さな畑やガーデニングを楽しみ、

冬は室内で読書や編物やジグソーパズルを趣味とする。



リビングの一角に置いたジグソーパズル専用の机の上で、今日も夫婦で五千個のピースと格闘していた。




リビングに入って来た俺の姿を見て、まずアナスタシアさんの母、タマラさんが声をかけてくれる。




「今日の夕食は何が食べたい?
リュウの好物にしてあげるよ」





まだ昼食も食べていないのだが…

こうして毎日夕食のメニューについて問い掛けるのは、彼女のコミュニケーションの方法なのだと感じている。




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