ラベンダーと星空の約束
一日の食事の中で、一番重きを置く夕食のメニューに俺の意見を取り入れる事で、
俺を家族と見なしていると…言ってくれるのだろう。
卵料理が食べたいと返答すると、彼女はニッコリ頷いてくれた。
「リュウも一緒にパズルやらんか?」
そう言って老眼鏡をずらし青色の瞳を向けるのは、この家の主のイワンさん。
我妻さんが俺をこの家に住まわせたいと言った時、真っ先に賛成してくれたのが彼だった。
恰幅(カップク)が良く白髪の顎髭を蓄えた彼は、
赤い衣を纏えば、サンタクロースに見えそうな気さくな初老の男性だ。
「アナスタシアさんに仕事の報告に行く所なので今は…
パズルは後でやらせて貰いますよ、イワンさん」
「リュウは固いのう。
じーちゃんと呼べと言っとろうが」
「ハハッそうでした。
おじいちゃん、ありがとう」
優しく頷く初老の夫婦に見送られ、リビング奥の白く塗られた木のドアをノックする。
返事を待ってドアを開けると、広さ8畳程の空間が広がった。
壁紙は俺が借りてる部屋と同じ藍色。
しかし壁全体を書棚が埋めている為、俺の部屋とは違った風合いに見える。
書棚にはキリル文字の本だけでなく、英語、独語、仏語、日本語…
世界各国の文字を背表紙に張り付けた書籍がズラリと並び、俺の興味を引く。
部屋の中央に置かれた、どっしりとしたアンティーク調の木のデスクには、
俺とは別の、もっと難解な翻訳作業に取り組むアナスタシアさんがいた。
我妻さんの姿はない。
リビングにも居なかったから、きっと買い出しを頼まれたのか、
それとも、カメラ片手に市街地に出掛けたか、その辺りだろう。
「リュウ、何か分からない所でもあった?」
そう言って彼女は、父親と同じ青く優しい瞳でニッコリ笑う。