ラベンダーと星空の約束
 


「アーニャは世界一!」

と我妻さんが絶賛するだけの、美貌と知性を兼ね備えたロシア美人。



金髪碧眼の彼女だけど、見た目じゃなく、その凛とした雰囲気と優しさが、少し紫に似通っていて…

彼女を見る度、微かに胸が痛んだ。




「質問しに来たのではなく、終了の報告を」




さっき仕上げたばかりの翻訳データの入った、USBメモリーを彼女の前にコトリと置いた。



少し驚いた顔をした後、彼女は柔らかく微笑む。




「リュウの仕事は速いわね。

さすが真面目な日本人と言う所かしら。

でもそうすると、ミチロウは日本人の枠から外れてしまうわね?

あの人、いつでも適当だから。フフッ」




「速さが全てではないので、褒め言葉はチェックした後に頂く事にします。

直しが必要かも知れない」




「あら、謙遜する事ないわよ、チェックはするけど、いつだってあなたの文章に直しの必要なかったわ。

あなたのロシア語は完璧。

ミチロウより有能で助かってる。フフッ」





確かに、我妻さんのロシア語訳は時々変だ。

ロシア語から日本語に訳す分には問題ないけど、

その逆は少し…いやかなり問題がある。



意味を間違えてる訳じゃないが、彼がロシア語に訳すと、固い文章が何故か面白い文章になってしまうのだ。




例えば、今俺が訳した、北方領土問題に関する日本の新聞のコラム。



その中の

『お互いの歩み寄りと建設的な話し合いが必要となるであろう』

と言う締め括りの文章。

それを我妻さんが訳すと、きっとこんな風になると思う。




『おお友よ!

手を取り合い、共によき未来を目指して、話し合おうではないか!

ワハハッ!』




『ワハハッ』は流石に言い過ぎかも知れないが、大体こんなニュアンスで訳すんだ。



翻訳作業に関して、アナスタシアさんから『適当』と評価されてしまう我妻さんだが、

彼女の投げかけた「ミチロウより有能」と言う言葉に同意は出来ず、苦笑いしてやり過ごす。



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