みんなの恋。短編集
1
――見落としてた恋。
昼下がりのファミリーレストランは、平日と言えど混雑している。
私たちは、そんな賑やかな店の一角で、姿を消すようにひっそりと課題に励んでいた。
私は今年大学3年の年で、小林くんは2年になる。
年齢も、彼の方がひとつ下だ。
彼は、まるで女の子のように可愛らしい顔立ちで、去年の学祭の女装コンテストでは見事に優勝を果たした。
顔立ちだけではなく、身長や体格、仕草までもが、私より数倍女の子らしい。
そんな整った顔立ちのおかげか、同じサークルの女子からもかなりモテていた。
が、何故かそんなキャピキャピキラキラしている女の子達には見向きもせず、彼はいつの間にか気付くと私の側にいるようになっていた。
ちょこちょこと後を付いて回るその姿はまさに忠犬そのもの。
それでいて私も、彼の人懐っこい笑顔を目にすると何故だか嫌な気はせず、後輩のひとりとして可愛がってしまうのだった。
いつの日か、何故数多くいるにんげんの中で私といることを決めたのかと訊ねたら、「先輩は他の人と違って、こう、ぐいぐい来るような、威圧感がないんで楽なんですよね」と、さらっと答えられた。
まるで遠回しに自分がモテているということをアピールしているようで当時は気に食わなかったけれど、今となってはそれも彼らしさなのだと思えるようになった。
「先輩、きーてます?」
ふと、私の真正面に座っていた彼が、両手で頬杖をついて、顔を覗き込んできた。
男にしては高めの声を、更に上擦らせている。
「ごめん、聞いてなかった」
「やっぱり。しっかりしてくださいよ、もー。」
少しふて腐れ気味ではあるけれど、それにしたって可愛らしすぎる。
私には真似できない表情だったり、仕草である。
それも、本人にそういった自覚が無さそうなところがまた、厄介だ。
私は、見るからに体に悪そうな色をしたメロンソーダをストローで吸い上げて、もう一度ごめんと謝った。
彼は、年下で女の私より見た目も可愛いくせに、全然しっかりしていて、大人である。
以前、「先輩って危なっかしくて目離せないんですよ」と注意を受けてしまった時にはさすがに先輩として情けなくなった。
それと同時に、小林くんってただ可愛いだけの男の子じゃなかったんだと気付かされた。
「何?なんか、大事な話?」
そう首を傾げて見せると彼は、「もう、一回しか言いませんからね」と少々投げやりに口にした。
「こないだのサークルの忘年会のとき、僕がした話、覚えてますか?」
けれども、そう続けられた彼の言葉に、しっくりとは来なかった。
正直な話、そんなことを訊かれてパッとすぐに思い出せないほど、あの日は酔っていたのだ。
でも、これは話を合わせるべきだろうか。
そう悩んでいた私の表情から全てを感じ取ったかのように彼は、やっぱり覚えてないんですね、と寂しそうに笑った。
「・・・・ごめん、」
「いや、仕方ないですよ・・あの日はかなりお酒入ってましたから、先輩。それに僕の方こそ、あんな場でするような話じゃ、なかったかもしれないですし。」
「なに話したの?」
「いや、覚えてないならいいんです」
やっぱり、そうなってしまうのか。
彼は時折見せる大人の顔をして、しゅんとする私からわざと目を反らした。
酔っていたとは言え、可愛い後輩がしてくれた大事な話を忘れてしまう自分が全部悪いのだけれど、「いいんです」と言いながら全く良さそうに見えない小林くんの顔が気になって仕方ない。
「何で今さら、そんな顔するんですか」
彼が、言った。
少し、怒っているような口調にも聞こえる。
私は、途端に何も言えなくなった。
彼の発する敬語が、こんなに冷たいものなのだと、初めて感じた。
ついに、私に愛想を尽かしたのかもしれない。
今まで幾度となく、思ってきた。
あんなにしっかりとした小林くんが、こんなに先輩らしくない私と一緒にいて、呆れてしまわないのが不思議だと。
だからこれは当然のことであるはずなのに、少しでも不安に駆られている自分がまた、嫌になった。
「・・・って、俺がそうさせてるんですよね。すいません。」
彼の一人称が、ふいに変わる。
なんて、俺という言葉が似合わない人なんだ。
彼の口調が柔らかくなったからか、安心して、ふっと表情が緩む。
自分で勝手に不安になっておいて、見捨てられなくて良かったとか、思ってる。
やっぱり私は、どうしようもない馬鹿だ。
「先輩、今度はちゃんと聞いておいてくださいね。じゃなきゃ、本気で怒りますよ?」
「・・・・うん」
いつにも増して真剣なその声は、昼時のファミリーレストランにはあまりに似つかわしくないと思った。
でも、それが私達らしいような気もする。
「これからもずっと、先輩の側にいて、先輩のこと守りたいんですけど、いいですか?」
なんだ、そんなことかとスルーしかけた私のことを、小林くんが放っておく筈もなく、「一応、俺なりの告白なんですけど」と、首を横に傾けた。
告白。
なんだその、非現実的な響きは。
よくは分からないが、もて余された口で一気にメロンソーダを飲み干した。
ズズッと音を立てて口の中に押し寄せたそれは、溶けた氷で薄まって、余計に不健康な味がする。
「また、こんな色気のないシチュエーションですいません。」
そう笑った彼の言葉も耳に入らないほど、私は酷く、動揺していた。
至極間抜けな顔で、口を半開きにして、馬鹿みたいに緑色の舌を覗かせていることだろう。
それはもう、鏡を見なくても分かるほどに。
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